橋本裕の日記
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2003年09月27日(土) 政治家に期待、菊花のちぎり

 9月9日は重陽の節句。今年は新暦に換算すると10月4日になるという。重陽の節句は菊の節句ともいう。そして菊の節句といえば、上田秋成の「雨月物語」のなかの「菊花の約(ちぎり)」が有名だ。

 播磨の国の儒者丈部左門が、病に倒れた出雲の国の赤穴宗右衛門という侍を助ける。病の癒えた宗右衛門は左門と学問の話をするうちに意気投合し、義兄弟の杯を交わす。そして、重陽の節句に戻る約束をし、出雲に戻る。

 しかし、出雲の国に謀反がおこり、宗右衛門は彼らの奸計に落ちて捉えられ、牢に入れられてしまう。やがて、重陽の節句の日が来た。宗右衛門はどうしても親友との約束を果たさないわけにはいかない。どうしたらよいか。彼は「人一日に千里をゆくことをあたわず、魂よく一日に千里をゆく」という言い伝えを思いだして自刃する。そして魂魄となって播磨の国の左門に会いに行く。

「犬山総合大学」で先日、森田実さんの話を訊きながら、この話を思い出した。人間として大切なのは「約束を守る」ことだ。森田さんはこう考えて、多くの評論家のように講演会をすっぽかしてテレビ出演したりしない。彼は約束したことは、相手が誰であっても律儀に守ることにしているという。かって宮沢首相が会いたいと行って来たときも、先約があったので断ったそうだ。

 約束を守るというのは、森田さんのいうとおり、人間としての基本だろう。しかしこの基本が最近あやしくなっている。平気で公約を反故にする政治家たちがこの風潮を大いに助長している。約束を守るために自刃した雨月物語の侍の行為はとても美しくて誠実そのものだ。総選挙も近いようだが、日本の政治家に今少しこの誠実さを期待したい。

 ところで中国では、奇数は縁起のよい陽の数とされ、一番大きな陽の数である九が重なる9月9日を、「重陽」として節句のひとつとしてきた。重陽ということばに、男と男が重なった姿、すなわち衆道を連想する向きもあるだろう。そう言えばこの話、映画「御法度」で印象的に使われていた。

 出雲の国の侍の「赤穴」という名前と言い、題名の「菊花のちぎり」といい、何やらいわくありげだが、これは下司の勘ぐりだろうか。物語では、友の亡霊に会い、真実を知った左門は出雲の国へ行き、宗右衛門を陥れた謀反人の首謀者を斬って親友の敵討ちをする。あっぱれな友情というしかない。


橋本裕 |MAILHomePage

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