橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2003年07月25日(金) 「あかね雲」あとがき

 私の金沢での6年間の大学時代に取材した「あかね雲」の連載が終わった。これは小説なのでそのまま事実というわけではない。事実をそのまま書いてあるのは自伝「青年時代」なので、お暇があればこちらを読んでいただきたい。事実と小説の違いがわかると思う。

 もっとも小説だからと言って、嘘八百を書いたわけではない。弘子も芳子も色街の少女も実在している。およそのシチュエーションは事実あったこととそれほどかわっていない。ただ細部にいくらかの潤色をほどこした。あるいはストーリーの展開そのものにいくらかの嘘を付け加えた。

 たとえば私は芳子と内灘へ行ったことはない。だからもちろん彼女と接吻したり、胸に触るなどというイヤラシイことは金輪際していない。芳子や弘子の裸体を思い浮かべてマスターベーションに耽ったりしたこともない。これはただ小説を面白するためのフィクションである。しかし時にはこうしたフィクションを通して、より深い真実が語られる。

 後日談を書こう。弘子からは翌年、「結婚した」との葉書を貰った。それから数年後、離婚したという話を友人からきいた。いまどうしていることかわからない。まだ、浅野川の色街ちかくの家に住んでいるのだろうか。

 芳子ともその後、あったことがない。10年ほどして金沢に主張した折りに寄ってみたが、すでに専売所の建物がなくなっていた。つぶれたのかも知れない。家がなくなって平地になった場所に佇み、しばらく呆然としたのを覚えている。

 人生で再び彼女たちに会うことはないだろうが、小説を書いているあいだ、彼女たちはいつも私の身近にいた。私は彼女たちの声を聴き、気配を感じた。連載を終わって彼女たちともお別れだと思うと淋しい。しかし幸いなことに、ここに作品が残っている。折に触れ私はこの小説を読み返し、彼女たちに出会うことができる。

 さて、「あかね雲」に続いて、「こうもりの空」を連載することにした。これは私の小学校6年生の半年間に取材したものである。小学6年生のとき若狭小浜から福井市に転校してきた私は、思いがけない試練に直面した。デパートでの友人の万引き、それが発覚しての不登校、屋根裏暮らし、そしてジフテリアで隔離病棟に入るなど、この時期の私はついてなかった。

 しかし、隔離病棟で、私は一編の英詩にであう。病室の壁に英詩とその訳が書いてあったが、それは「夜は千の目を持つ」という魅力的な言葉で始まっていた。もちろん英語の原文は読めなかったが、薄汚れた病室の壁に落書きされたその訳は、隔離病棟の恐ろしい幾夜を体験した私の心をしみじみと打った。

 この英詩は夜空を彩る星星に「理性」を、昼を照らす太陽に「愛」を象徴させ、理性に対して愛の優位を歌っている。小学生の私にはその意味がよくわからなかったが、「夜は千の眼をもつ」というフレーズから、夜の世界、闇の世界の不思議にひかれたのを覚えている。千の眼を持つ夜の神秘は、どこか死の冷たさに似ているように思われた。これが私が死を考えた最初ではないだろうか。実際私はこの詩に出会う少し前に、屋根裏で首吊りのまねごとをしている。

 こうしたことは自伝「少年時代」に赤裸々に書いたことだが、これを素材にして、もう少し別の角度から人生の真実に迫り、「小説」として仕上げてみたいと思った。「こうもりの空」という題は、ほの暗い屋根裏で蝙蝠と遊んだ淋しい記憶の記念である。少年時代のあまりに哀しい一こまも、50歳を過ぎて振り返るとなにやらユーモラスでなつかしい。

 あまりに明るい光だけの世界は、魂にとってよくないのだろう。さんさんと降り注ぐ陽光だけの世界に私たちは生きられない。人生に喜びと悲しみがあるように、喜びだけの人生はどこか薄っぺらでいんちきくさい。夜の闇の中で、むしろ本当に深い喜びの芽が育っていく。

 魂の成長のためには、昼の太陽ととともに千の眼をもつという神秘的な夜の闇が必要なのだ。夜を体験することで、昼のあたたかさや美しさを実感する。屋根裏の闇に孤独を知り、隔離病棟の夜に死の恐怖を想ったことも、魂の成長にとっては貴重な天の配剤だった。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加