橋本裕の日記
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先日、妻と二人で、岐阜県羽島町へ大賀蓮を見に行った。大賀蓮というのは、1951年に、古代ハスの研究者、大賀一郎さんが、千葉市の2000千年前の地層から発見した蓮の実を発芽、開花させたもので、やがてこれが全国に広まった。この感動的な話を、小学校の教科書で読んだ覚えがある。
縄文の 蓮のすがしさ たまゆらの いのちたまはり 我れ汝に逢ふ 裕
妻と二人で蓮を眺めながら、こんな歌を詠んだ。私はかってに縄文時代の蓮だと思い込んでいたが、2000年前の地層だから「弥生の蓮」である。だからこの歌は作り替えなければならない。こんなところだろうか。
さわやけき 弥生の蓮よ たまゆらの いのちたまはり われ汝に逢ふ 裕
「われ汝に逢う」と詠んだとき、汝というのは「蓮」のことだったが、その後、読み返しているうちに、「妻」もふくめて、森羅万象のことだと考えるようになった。悠久な歳月の中で、私たちはほんのひとときこの地上に生をうけ、そして、おたがいに一期一会の出会いをもつ。不思議なえにしである。 久方の 雨も降らぬか 蓮葉(はちすば)に たまれる水の 玉に似たる見む (新田部皇子 16巻−3837)
蓮の葉は中央がくぼんでいて、そこに水たまりができる。私たちが行ったときも雨上がりで、一枚一枚の葉に水玉が置かれていた。花も美しいが、水玉を載せたみどりの葉のたたずまいも風情がある。
万葉集の歌は、宴会のときに食事が蓮の葉に盛って出されたのを見て作ったものらしい。「雨が降って欲しいですね、蓮の葉にたまった玉水が見たいものです」という意味である。
蓮はインドが原産だという。いつ、だれが日本に持ち込んだのだろう。仏教伝来の時かと思ったが、少なくとも弥生時代には咲いていた。そして、万葉人もこの花や葉を身近に愛していたようだ。
<今日の一句> 妻と見る 弥生の蓮よ いのち燃ゆ 裕
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