橋本裕の日記
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| 2002年06月19日(水) |
「あはれ」と「をかし」 |
私は俳句も短歌もともに親しんでいる。どちらが好きかときかれても、容易に答えることはできない。小説と短歌のどちらが好きだと問われて答えられないのと同じである。
プロの世界では、歌人と俳人の区別はある程度はっきりしている。斉藤茂吉は歌人であって、俳人ではない。茂吉の短歌は知っているが、茂吉の俳句は浮かばない。俵万智の俳句もあまり知らない。
しかし、正岡子規は短歌と俳句と両方の大家であった。良寛も漢詩を作る傍ら、歌を詠み、俳句を作っている。もともと俳句は連歌の発句が独立したものだから、両者に共通する部分があることはいうまでもない。
安積香山 影さえ見ゆる 山の井の 浅き心を 吾が念はなくに (万葉集 巻16−3807)
朝顔や 一輪深き 淵のいろ 蕪村
あえて言えば、短歌は俳句に比べて主情的だということができよう。和歌では、上の句で情景を述べ、下の句で作者の心が述べられる場合が多いが、俳句はこの下の句が省略されて、上の句だけ独立したと考えることができる。上の句の情景の客観描写のなかに作者の心情が託されるために、俳句の方がより感情の吐露が間接的で、理知的に感じられる。
和歌の境地が「もののあはれ」だとすると、俳句で言われる「軽み」は「をかし」の系譜だろう。紫式部に俳句は合わないが、清少納言ならしっくりするのではないか。本居宣長が歌人だったことも当然だし、漱石や芥川龍之介が俳句に親しんだことも、彼らの諧謔の嗜好や思想から考えてよくわかる。
朝寒や 生きたる骨を 動かさず 漱石 木枯らしや 目刺しに残る 海の色 龍之介
さて、私の俳句だが、実はもう30年前から親しんでいるので、年季だけは入っている。昔の日記をよむと、俳句が書き散らしてあってほほえましい。最近の日記はこれをいくらか復活させたわけだ。ある人と俳句の交換をはじめたことがきっかけになって、私の心に火が灯ったようで、この4カ月ほどで百五十句あまりを得ることができた。
<今日の一句> 句をひねる 灯のかたわらに 黄金虫 裕
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