橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2002年06月18日(火) 一日一句のたのしみ

「今日の一句」と題して日記に俳句を書き始めたのは5月5日からである。一ヶ月以上続いているわけだが、できればこの調子で続けてみたいと思っている。1年間続けると四季が一巡する。

 自由律といって、575の定型や季語にこだわらない俳句もあるが、そうした俳句はかえって難しいので、私の場合はできるだけ定型に従い、さらに季語もとり入れて作りたいと思っている。

 もとより俳句についての知識や素養があるわけではない。俳句と言うより、俳句らしいものをただ毎日ひとつづつひねりだし、並べているに過ぎないのだが、あまりむつかしく考えないのが私の流儀である。

 もとより俳句のよいところは、むつかしい作法がないことである。それは俳句の生みの親である芭蕉自身が、「強いていわんとならば、ひびき、匂ひ、さび、しおり、この四つをもて四義といはんか。それも要らぬ事なるべし」と述べていることからもわかる。

 こうした芭蕉の遺言が俳句を大衆文化として浸透させ、庶民にささやかな表現のよろこびを与え続けた。以来日本人はむつかしい理屈や知識などにとらわれずに、ただ自然や人生について、印象に残ったことや思ったことを、575のかたちに応じて気楽に書いてきた。

 大切なのは、日々の生活の中で、自分が何を感じ、何を思うかということだろう。俳句を作り続けるなかで、こうした繊細な感覚が磨かれることになる。しかし、うまい俳句を作ろうと思って作っても、しょせんそれは作り物にすぎない。そうした作為を離れて、感じたことをそのまま素直に表現できればよい。しかし、その簡単で単純なことが、実は一番難しい。

<今日の一句> さつき晴れ 一句ひねりて 旅ごころ  裕

 さつき晴れは辞書を引くと「五月の空の晴れ渡ること」とある。しかし、もともとは「梅雨の晴れ間」のことを言ったらしい。そうすると、六月のいまごろの季語として「さつき晴れ」を使うことは許されるだろう。ただ、「五月晴れ」という字面は避けた方がよさそうだ。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加