橋本裕の日記
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日記らしいものを書き始めたのは高校生の頃からで、さかのぼってみると、もう30年以上も書いていることになる。なんのために書くのかといえば、書くことがたのしいからだ。世の中には、笛を吹くのが好きな人もいれば、テニスが好きな人、山登りが好きな人もいる。私の場合は、書くことが好きだった。
もう少し正確に言うと、「いろいろと考えること」が好きなのである。書きながら考える、読書しながら考える、人と話をしながら考える、散歩しながら考える、音楽を聴きながら考える、そうしているうちに、書くことや、読書や会話、散歩、音楽を聴くことも好きになった。
書いたものが溜まってくると、まとめて処分する。高校や大学時代の日記は、金沢から名古屋に来るときに処分した。冬の季節に、内灘の淋しい海にひとりで出かけて行って、長い時間をかけて波打ち際で燃やしたのを覚えている。
その後、大学院時代や新米教師の頃に書いていた日記は、結婚と同時にすべて処分した。これはビリビリに破って、可燃物として出したような気がする。したがって、現在手元にあるのは、結婚してから、この20年間の日記帳十数冊だ。これを早く処分しなければと思いながら、ぐずぐずしている。これだけのものを処分しようと思うと、なかなか大変だ。
最近の数年間は、インターネットに書くようになったので、数年後、これを消去することは簡単にできそうである。インターネット日記のよさは、こういう手軽さにあるのだろう。しかし、この手軽さが、精神の安楽主義を助長することもあるかもしれない。
死ぬときは我が身がひとつ青い空 裕
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