橋本裕の日記
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2002年02月25日(月) エピソード記憶の不思議

 三十代の女性が、階段で倒れて軽い脳しんとうを起こした。脳しんとうはすぐに直ったが、記憶喪失になって、自分がだれだかわからなくなった、というたぐいの臨床例があるそうだ。

 自分の名前も年齢も住所も、両親や子供や夫の名前もわからない。名前が分からないだけでなく、顔をみても全く思い出せない。よそよそしい他人としか思えないというのだ。

 それでいて、学校で習った知識はいくらでも思い出せる。社会の出来事も思い出せるし、芸能人の名前やゴシップも思い浮かぶ。彼女に欠落しているのは、彼女自身にかかわる個人的な記憶である。

 こうした特定の日時や場所と関連した個人的な経験に関する記憶を「エピソード」記憶という。これに対して、源頼朝が1192年に鎌倉幕府を開いたとか、原子は原子核と電子できている、水は英語でウオーターというなどといった知識に関する記憶は「意味記憶」と呼ばれる。この女性の場合、意味記憶は健在だが、エピソード記憶が失われた状態になったわけだ。

 このような例はたとえば、アルツハイマー型痴呆でもみられるらしい。学生時代に学んだ知識はよく保たれており、ずいぶん難しい話もするのに、エピソード記憶の能力は失われて、最近のごく日常的なことは少しも憶えていないということが起きてくる。

 もっとも、エピソード記憶は失われた言っても、完全に消去されているとは限らない。記憶は保持されていても、思い出すことが出来ない場合が多いからだ。だから先ほどの記憶喪失の女性も、やがて幼い頃の思い出から、しだいに記憶を回復させて行ったという。

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 私たちの脳はあらゆる情報を最初は「短期記憶」として取り込む。この短期記憶は脳の中の「海馬体」とよばれる組織のシナプス神経回路に一時的に貯蔵される。そしてそこで選別を受けたものが最終的に長期記憶として大脳皮質に固定されることになる。

 長期記憶には「エピソード記憶」や「意味記憶」など「陳述型の記憶」と、その他の「非陳述型の記憶」がある。いずれにせよ、海馬体が記憶処理について大切な役割を担っている。そして、海馬体が損傷したり機能が低下すると、個人が、いつ、どこで、何に出会ったとか、何かをしたというエピソードの記憶ができなくなり、日常生活に様々な支障がおこってくる。

 海馬体で、情報がどのように処理され、エピソード記憶が形成されるのかかならずしも明らかではない。ただ、エピソードの記憶には、必ずそのエピソードが起こった場所や時間などの情報がが含まれている。すなわち、エピソード記憶には、もともと空間や場所の記憶が含まれていると考えられる。

 これらのことから、海馬体は大脳皮質から全ての情報を集め、その情報を用いて状況(あるいは文脈や場所)を認知し、そのときに起きた事象と連合させて記憶するという記憶の中枢的役割を果たしていると考えられる。


橋本裕 |MAILHomePage

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