橋本裕の日記
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教員になって3年目の頃、教師を辞めようかと、真剣に悩んだ時期があった。豊田にある新設2年目の高校に転勤になって、その学校の校風にあわなかったからだ。とにかく国公立に何人合格させるかだけの学校だった。
そのために、必修クラブの時間も問題演習をやっていた。私は正式にはテニスの正顧問だったが、やっていることは教室で入試問題の解説である。進路部長からは「うちは東大の受験生もいるので、国立大学の問題はすべて解説してやってください」と言い渡たされていた。
当時名古屋市に住んでいた私は豊田まで車でかなりかかった。早朝補習があるので、朝は暗いうちに家を出なければならない。ある日、途中で車がパンクして、15分ほど遅刻した。朝の職員朝礼で、進路部長が立ち上がり、私をにらみつけて、「橋本君、遅刻しては困ります」と名指しで叱責した。
校長や他の職員の前で自分を目立たせるパホーマンスである。他に遅刻ぎみの教師はいたが、初めての私をやり玉にあげたのは、進路部長と同じ教科で、私のことを身内のように思っていたからだろう。他の教師へのみせしめのためである。
朝礼が終わってから、「悪い、悪い」と肩を叩きながら謝るので、私はむっとして「もう補習はやりません」と宣言した。何のために自分が教師をしているのかわからなかった。ただ、性能のよいテーチングマシンになれと、強制されているような感じが我慢できなかった。しかし、私は教師を辞めずに、翌年、定時制高校に転勤した。定時制高校へ行って、私はほっとした。そして教師を辞めなくてよかったと、しみじみ思ったものだ。
河合塾の丹羽さんによると、学力崩壊の原因は、ずばり「高校の予備校化」にあるという。そのあおりで、塾の方が教科の本質を教えなければならない。しかしそれでは、手遅れである。もう頭の先まで、表面理解が染みついていて、本質理解をなかなか受け付けない。
塾の講師が、公式の意味を説明しようとすると、 <生徒> 「意味があったんですねぇ」 <講師> 「あたりまえじゃないか。意味が分かっていて答えが出せるのが当たり前じゃないか」 <生徒> 「でも、意味が分かっていて、正解が出ないのよりもましでしょう」 こんな会話がくりかえされるらしい。
別解を教えようとすると、 「僕らは入試に受かればそれでいいんです。どうか一番簡単に融けるやつを、一つだけ教えて下さい」と言われる。 「まるで墓場の石塔の群に向かってささやいているようだ」と、塾の講師たちはぼやいているという。
「墓場の石塔の群」には読んでいて笑ってしまったが、ふと、十数年前の新設高校での体験を思い出して、笑いが引っ込んだ。定時制高校に転勤した年の夏に、東大の理�気帽膤覆靴紳感叛犬裡垠�が名古屋の私の家まで遊びに来た。
T君は東大の他、早稲田も慶応も、防衛大学校まで、それこそありとあらゆる大学をことごとく受験して合格した功労者である。その彼が母校へ遊びに行くと、進路部長から、もう一度今年東大を受験してみてくれないかと頼まれたという。
今度は理�掘憤絣愽堯砲鮗�けろという。彼の他にも、母校に遊びに行った卒業生はたいてい受験を進められ、名大の工学部に合格したAなどは、医学部受験をすすめられて、その気になっているらしい。これを聞いたときには、本当に怒りに身が震えた。
ちなみに、この進路部長は現在校長をしている。そして、当時の校長は今はもう退職して鬼籍に入られたが、その後県教委の高等学校教育部長に栄進して、NHKのテレビなどにも愛知の教育界を代表して出演していた。こうしたことがまかり通っている教育界に、私は依然として居心地の悪さを感じている。
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