橋本裕の日記
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2002年02月04日(月) ほほえみの力

 仏像が作られたのは、紀元1世紀頃のインド北西部(現在のペシャワール)だという。ギリシャ彫刻の影響を受けてガンダーラ芸術が華開いた。そして、紀元2世紀にはタリバンに破壊された55メートルもある世界最大の石仏が作られた。作られた当時は黄金色に輝いていたという。随分壮観だっただろう。ジンギスカンも玄奘法師もこれを仰いだはずだ。

 日本に仏教が伝わったのは6世紀に入ってからのようだ。日本書紀には「欽明天皇の13年冬10月、百済の聖明王は西部姫氏、達率怒利斯致契等を遣して釈迦仏金銅像一躯・幡蓋若干・経論若干巻くを献る」とある。

 このとき、仏教の受け入れに賛成したのが蘇我稲目で、物部尾輿と中臣鎌子は、「異国の神をまつれば、国神の怒りをかう」と反対した。欽明天皇は「試みに、稲目に仏像をまつらせてみよう」といって、稲目に仏像をあずけたという。

 稲目は邸宅に仏像を安置し、礼拝していたが、やがて疫病が流行し、死者が出た。それみたことかと、排仏派の物部尾輿らは蘇我氏を襲い、仏像を難波の堀江に捨ててしまったのだという。

 しかし、その後、蘇我氏はすぐに勢力を盛り返して、物部氏を破った。仏教は公式に認めれられ、寺院や仏像もさかんに作られた。仏像の作者として止利仏師が有名だが、その素性はわからない。多くの仏像が作者不明である。

 日本で仏教がこれほど迅速に受け入れられたのには、仏像の力が大きいのではないかと思う。難しい経典や僧侶の言葉はわからなくても、仏像は眺めるだけでその気高さ、美しさがわかる。

 仏像を眺めると、仏典に説かれた仏や菩薩の理想の境地が、そこに人間の表情として生き生きと立ち現れてくる。知恵と慈愛に満ちたそのしずかな表情に、人はだれしも心を揺さぶられ、感動するだろう。

 とくに、私が心を惹かれるのは、「微笑」の美しさである。日本の仏像の多くはほほえんでいる。そして半眼に開かれた目は、はるかな遠くを見ている。アランは「幸福論」のなかで、人を幸福にするのは微笑だと述べたあと、こんな風に書いている。

「憂鬱な人に言いたいことはただ一つ。遠くをごらんなさい。・・・人間の眼ははるか水平線を眺めるとき、やすらぎを得るようにできている。そのことはわれわれに大いなる真理を教えているのだ」(アラン「幸福論」第51章)

(参考サイト)
    古代文明の交差点ガンダーラ


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