橋本裕の日記
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2002年01月05日(土) 金子みすゞの墓

 矢崎節夫さんが最初に下関を訪れたとき、金子みすゞの痕跡はまったくなかったという。彼女の生まれた土地が先崎だということさえわからなかった。それが、東京で弟の上山正祐(雅輔)氏とであって、一気にわかった。そして、その真相というのが、実に驚くべきものだった。

 上山正祐(雅輔)氏は下関にあった上山書店のあととり息子で、みすゞはそこで働いていたことがある。みすゞの母が上山家に後妻としてはいってきた。先妻がみすゞの母の妹だったので、いちおう上山正祐(雅輔)氏とみすゞはいとこということになる。

 ところが、事実はそうではなかった。上山正祐(雅輔)氏はみすゞの母の実子で、生まれてすぐ金子家から上村家に里子に出されていたのである。だから、上山正祐(雅輔)氏とみすゞは実の姉と妹だった。このことを、上山正祐(雅輔)氏は知らされていなかった。そのため、みすゞに恋心を抱いてしまうのである。

 上山正祐(雅輔)氏には真実を知らせることなく、彼の父は彼をみすゞから強引に引き離そうとする。そのために、みすゞをあまり素性のわからない店員の一人と結婚させる。ここから、次々と悲劇が起こってきた。

 矢崎さんは上山正祐(雅輔)氏と会ったとき、みすゞの墓の在処をたずねた。金子家の菩提寺を教えてくれたが、彼自身、みすゞの墓のありかはよくわからないという。みすゞの死後、上山正祐(雅輔)氏は故郷を離れ、故郷との関係は希薄になっていたようである。

 矢崎氏は先崎におもむき、お寺に集まってくれたみすゞのゆかりの人たちから彼女の話を聞いた。集まってくれたのは、みすゞの小学校の恩師や、同級生、それから近所の人、もと上村書店の店員。身近にいて、みすゞの裏も表も知っている人たちである。矢崎氏はわくわくしながら、録音機をセットした。

 ところが、途中から雷が鳴り出し、豪雨になった。真っ暗になってきたので、電灯をつけたが、やがて停電になった。3台の録音機の内、2台が動かなくなり、1台だけが乾電池で動いていた。しかし、雷鳴と豪雨の音で、発言者の声がききとれないほどだったという。

 矢崎さんは「みすゞさんが怒っている」と思ったという。過去を暴かれることに対する怒りが、このような恐ろしい雷鳴と豪雨を呼び起こしたのだと思った。そして、何時寺に雷が落ちるかと肝が冷えた。もう一刻も早く、話を打ち切りたいという気分だった。

 ところが、集まった人たちは、話を止めようとしない。みすゞがどんなに心の優しいいい子であったのか、その思い出をなつかしそうに語り続ける。その長い話が一通りおわったころ、雨が上がり、日差しがもどってきた。矢崎氏は人々が口々に、「テル(みすゞの本名)さんがあんなに喜んでいましたね」と言うのを聞いて意外に思ったという。

 それからみんなで金子家の墓にお参りした。実はその金子家の墓にみすゞの名前は刻まれていないことがわかっていた。それで、あらかじめゆかりの人々が菩提寺の墓をしらみつぶしに何度も探してくれていたが、彼女の名前の刻まれた墓の所在がわからなかった。仕方がないので、金子家の墓に参ろうと言うことになったのだという。

 ところが矢崎氏が金子家の墓に参ったとき、ふと近くの墓を見ると、そこに「金子みすゞ」の名前の浮き出した小さな墓があるではないか。大勢の人が探して見つからなかった墓が、すぐそこにあった。

 謎はすぐに解けた。さきほどの豪雨が墓石の苔をそぎ落としてくれたのである。苔で覆われた墓は無縁仏の墓としか見えなかった。それがいま日差しを浴びて、美しく金色に輝いていた。それはあたかも、金子みすゞが全身で、「わたしここだよ」と笑いかけているようだった。その墓で、彼女は彼女が幼い頃死別した父親と一緒に眠っていたのだという。


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