橋本裕の日記
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2001年11月07日(水) 崩壊する大学生の学力

 大学の入試問題が年々むつかしくなっているという。数学でも難問が多く出されていて、中には大学の数学科の教授でさえ解けない問題が多々あるらしい。まして、なまくら数学教師の私などまったくお手上げである。

 ところが一方では、入学後の大学生の学力が、恐ろしく崩壊しているという報告があいついでいる。たとえば東大理�砧爐裡嫁�生を対象とした数学のテストの平均点は83年から94年までの11年間に20パーセント以上も低下しているという。

 宇敷京大教授は「私は工学部の1,2年生に統計学を教えているんですが、昨年度は120人ほどの受講生のうち、単位を取得できた生徒は0でした。10年ほど前は同じレベルの内容でも3分の学生に単位を出せていたのに・・・」と語っている。

 京大理学部の数学の授業ではついに出席をとることをやめたという。出席をとると、そのためだけに顔を出す学生が出てくる。こうしたやる気のない学生が過半数を占めると、講義がやりにくくなる。

 日本の頂点に立つ大学でこのありさまである。小、中、高校でも学力崩壊が深刻化しているが、それは底辺か、底辺に近い層での話である。日本のエリート層での学力崩壊ははるかに深刻な影響を社会に及ぼす。

 それは日本の学術や技術の衰退を意味するからだ。たとえば2000億円以上の膨大な国家予算をつぎ込んだ第五世代コンピューター開発計画が失敗したのも、その背景に日本の第一線の科学者、技術者のレベルが予想外に低かったからだという分析がある。

 宇宙ロケットの開発においても、このところ不具合が目立ってきた。コンピュータ技術や宇宙開発といった先進分野での停滞は、我が国の総合的な技術開発力が衰退していることを如実に示している。

 それではこうしたエリート大学生の学力崩壊や技術力の停滞はどうして起こったのだろうか。その有力な原因の一つとして、戦後日本の教育制度の欠陥が指摘されている。私も日本の大学入試制度の在り方に大きな問題があるのではないかと考える。

 入試の成績ではかれるのは、あくまで受験技術の優秀さである。したがって、受験の天才がかならずしも、優秀な研究者になれるとはかぎらない。むしろその逆の場合が多いのである。この点について、明日の日記でもう少し分析してみよう。

(参考) 「崩壊する日本の数学」 渡部由輝   桐書院 2000年刊
     「算数軽視が学力を崩壊させる」 和田秀樹他 講談社 1999年刊
     「分数が出来ない大学生」 西村和雄 東洋経済新報社 1999年刊


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