| 2004年12月25日(土) |
I'm a loser, baby. |
前略王子様
メリークリスマス。 お元気ですか?
私は実家に帰っています。 家族3人でお鍋をして、ケーキを食べました。 今日は一日中、こたつでごろごろ眠っていました。 もうお正月気分です。
誕生日プレゼント、どうもありがとう。 ジャックパーセル、毎日はいているよ。 でもね、あなたの書いていたマルジェラのワイドパンツは、 1年位前に売ってしまったの。 あなたが不在の間にも、 いろいろなことが変わっているんですよ。 あなたばかりが変わって、 私はそのままとまっていると思うのは傲慢です。 こちらも生活しているんだからね。
今日はアレルギーが出て、 鼻がむずむずかゆかったので薬を飲みました。 そうしたら、とても体調がいいです。 明日は年末年始に読む本を 丸善に買いにいこうと思います。
私のクリスマスプレゼントはつきましたか?
本当はセーターをあげようと思ったのだけれど、 お金がなくて(えへへ) セントジェームスのボーダーTシャツにしました。 似合うと思うよ。
店員さんの着こなしを見ていたら、 ボートネックの下にタートルを着ていました。 うまく重ね着をすると、暖かく冬を過ごせると思います。
寒くなって、最近は あなたに会いたいと思います。 他愛のない会話でいいんだけど、 話せたら素敵だよね、と思います。
こういうことを平気で書くのは、 ずるいってまた言われるのかな。
最近、『犬猫』という映画を見ました。 いい映画でした。 いっしょに見た友達が、 「主人公は私にそっくりだ。負け犬だ」と言うのです。 ひどいよね。
私だって、色々なことに傷ついたり、 劣等感を持ったりするんですよ。
……愚痴になっちゃった。 そうそう、映画は「なんだ、よくあるほっこり生活系か」と 早とちりせずに、ぜひ、見てみてください。 (『海猫』ではないのでお間違えなく)
川上弘美のエッセイを読んでから、 今まで聞き流していた「生きていること自体が歓びだ」という とても陳腐に聞こえる事実を見つめるようになりました。 町を歩いているときにも、 そういう気持ちがふっと湧き上がってくることがあります。 言葉で書いても、分からないかもしれないし あなたはもうとっくに気がついているかもしれないけれど、 ふと、そう感じることがあるのです。
大学のゼミで詩を習ったとき、 「見る」ことと「観る」ことの違いを習いました。 後者は、心を使ってものを見つめることだ、と先生は言いました。 そういうものの見方をすることが、 すなわち、詩(Poetry)なのだと。 言葉にすると、なんてことはないけれど、 それはとても大切なことなのだ、そして難しいということを 感じています。
今日実家で、父親が荒川沿いを歩いたときの写真を見ていたときにも、 ふっと何か暖かいものが心に降りてきて、 不思議な気持ちになったのです。 私たちの周りには、 どれだけのすばらしい風景が潜んでいることでしょうか。 荒川の、小さな支流のちょぼちょぼという音の向こうを 「ざーっ」と音を立てて電車が通り過ぎる。 ただそれだけの数秒。
いつか、この満たされた気持ちを、 文章にして書けたら素敵だろうと思うのです。
そう、刻一刻と流れる時間の中で、 記録から次々とこぼれ落ち、忘れられていくこの感覚を。 今の私が書いても、筆力が足りなくて みつをみたいです。 やれやれ。
かしこ
追伸 カレンダーは、『ARNE』についてきたものを使うつもりです。 今月号には、村上春樹の自宅が載ってるいるわよ。
|