台風情報を聞きながらナスをごま油で焼く。炊きたてのご飯と、オクラと豆腐の味噌汁。ラジオからは玉置宏の『ラジオ名人寄せ』。鈴本演芸場に行きたくなった。
■
雨なので近所のドトールに行って、昨日ブック・オフで買った(100円!)群ようこのエッセイ(『別人「群ようこ」のできるまで』を読破。この人の若い頃、今の私のとほほな働きぶりと似ていてとても面白い。
それにしても高田馬場のドトールで4時間読書する休日……もてないはずだよ……
会社で彼がいないのが私ぐらいなのを心配して、まわりの先輩が色々世話を焼いてくれる。デスクに町田康の写真を貼っていたら、「私この人に似てる知り合いいるよ」と言ってお相手(という呼び方で良いのか。まだ見合いはしてません)のデジカメ写真をわざわざ持ってきてくれた。40歳で釣りが趣味の、博識のおじさん。むふふ。ももひきをはいて家を歩き回っていそうなところが、まんま町蔵先生で、「ぜひ紹介してください」と言っておいた。
男の子と一緒に食事をするような大切な場面で私はけっこうへまをするほうで、アレルギーが発生してずうっとくしゃみをし続け、「今鼻水見えたよ」と注意されたり、あごにごはんをつけっぱなしのまま気が付かずにもぐもぐとご飯をたいらげ、終わりのほうに「ついてるよ、可愛いね(棒読み、苦笑い)」と言われたりする。初めて会う人と、一緒にカフェらしきお店に行った時も、相手が体裁に気を遣ってベーグルを頼んだのに私はお腹がすくままにうどんをばーんと食べてしまい、後から、「僕もお腹空いてたから本当はうどん食べたかったです。でも恥ずかしくてやめたんです」と告白された。
まあ人生経験豊かなおじさんなら色々と受け流してくれるはずだが、もしお見合いなどすることになったら、今度こそそそうのないように振る舞いたい。やっぱり振袖かしら。おほほほほ。
■
近所にはブックオフがないので、大久保の大きい店まで20分ほどかけて歩いてみた。予想以上の収穫。ユトレヒトもカウブックスも、BOOK246もいいけれど、私はブックオフで宝探しが一番楽しいです。
故人に怒られそうだが、今更中島らもをそろえようと『心が雨漏りする日には』(青春出版社)、と『明るい人生相談』(朝日新聞社)(ちなみに2冊で450円)。自分の躁鬱病を本にしてしまう非常に恐ろしい人だ。しかも松尾さんのように、「笑うしかないじゃない」という態度ではなく、けっこう真っ向から向かい合っているところにすごみがある。
以下、毎日新聞夕刊を実家から引っ張り出してもらい見つけた、町田康の追悼文。惜しい人を亡くしたわね、と記事をファクスしてくれた母も寂しそうだった。
中島らもさんを悼む 町田康 最短距離で人間の本質に迫り”料理”
7月27日の夕方、亡くなったことを知り、驚きと悲しみで虚脱したようになった。
7月7日に大阪のライブハウスの同じ舞台に立ち、一緒に歌い、終演後の打ち上げでは次回作の構想を語り合ったり、次は東京でコンサートをやろう、と話し合ったりした直後の訃報で衝撃を受けた。
80年代後半から雑誌に発表された文章が際だっていて目が離せなかった。人がつい見過ごしてしまいそうな小さなもの、とるに足らないものにまなざしを注いで、不思議な味わいとおもしろさを備えた独特の文章を紡いでいた。
90年代に入ってからは、小説の執筆に力を入れられたが、天性の人間観察眼、天性の文章感覚、広告宣伝の仕事を通じて培われた諧謔(かいぎゃく)味などが渾然(こんぜん)一体となって、他にまったくない独自の小説世界を初めから獲得していた。
人間は通常、こんなことを言ったら笑われるのではないか、とか、文章を書く場合でも、こんなことを書いたら阿呆だと思われるのではないか、と気にして表面を取り繕うあまり、本質的なことから遠ざかり、物事の周辺でくだらない議論ばかりしがちだが、そういう気取りや偏見からまったく自由な人だった。
建て前の議論や、嘘くさいモラルを乗り越えて、最短距離で人間の本質に迫り、しかもそれを見事な手さばきで料理して我々に供してくれた。
『バンド・オブ・ザ・ナイト』という中島氏の小説に、「蚊の目玉について」という文章がある。
目玉がレンズである以上、映像は上下倒立しているはずで、人間の脳内にはそうして倒立した映像をもう一度、ひっくり返すシステムがあるはずだが、蚊にはそういうシステムはなく、したがって蚊にとって下降は上昇であり、果てしない上昇は地獄下りであるという内容の文章である。
魅力的であると同時にちょっと恐ろしい文章である。このような恐ろしい感覚をある程度、実感としてもっていたからこそあのような、愛と笑いに満ち、またときおり背筋の寒くなるような文章が書けたのだろうと思うし、そのような実感を抱きつつ生きるということは本当に大変で、そのような人生を生きた氏は本物の作家だったのだなあ、と改めて思う。
コンサートの終了後、日本酒を瓶から直に飲みながら、生真面目な口調で次回作の構想を語ってくれた中島氏の目は、まだまだかくべきことがあると語っていたようで、残された者は残念でならないが、今後、氏の作品をしっかり読みついでいくことがもっとも大事だと思う。謹んでご冥福をお祈り申し上げる。(まちだ・こう=作家)
作家、中島らもさんは7月26日死去、52歳
(毎日新聞 8月2日夕刊)
「人がつい見過ごしてしまいそうな小さなもの、とるに足らないものにまなざしを注」ぐというのは町蔵先生の十八番でもある。最新作、『パンク侍斬られて候』(マガジンハウス)に出てくるたくさんの埒のあかない会話などはその典型だろう。読みながら、よく話し言葉を研究しているなあと感心させられる。人の会話のほとんどは、実がなく、結論も出ないだらだらとしたものであると気付かされた。
■
1年間好きだったけれどもごたごたして、最近色々なことを諦めた人から、メールをもらった。「日記楽しみにしてるよ」と。どうもありがとう。なんだかほっとした。
■
スヌーザーのディスクガイドがようやく出ていた。半年以上待たされたので楽しみ。買うと思うよ。
|