「どうして旅をするの?(したの?)」
就職活動中に何度も何度も聞かれた問に、結局のところ私は答えられずにいた。「自分と向き合うため」「ネタづくり」「理由など無い」様々な答えが浮かんでは消え、時には建前で、時には本音らしきものを吐露して、私は繰り返される面接に対応してきたように思う。言葉にしてみるとそれらにはいつも後ろめたさがつきまとっていた。旅をした実感と質問の答え--言い訳は、どこかで乖離している気がした。
私は旅が好きではないのかもしれない。出かけるとすぐに家に帰りたくなる自分にあきれながら、何度も考えた。「きっとこのくらいの感動だな」諦めにも似た気持ちが出てきたのはいつの頃からだろう。世界史資料集にある遺跡、絵画を夢みていた高校時代。現地を歩くことは想像よりも退屈だった。
正直、今までこうしたマイナスのことを言ったり書いたりしたことはほとんど無い。帰ってくると「どうだった?」と嬉しそうに聞いてくる人たちに、「途中で帰りたくなっちゃった」なんて話す気にならなかった。
私が感じていた違和感は、今思えば自分が自分の想像をただなぞっていることにあった気がする。資料集に載っていた絵の複写=実物を見て感動する私。それは既に予想されていた出来事で……なんてマイナス思考過ぎるかな、でも今までの私の旅というのはそういう確認の作業だったような気がするのだ。百聞は一見に如かず、といって大手を振って歩けるように、自分の言葉で語る権利を得るための。そのことに、特に不満はなかった。
(なんだか変な風にねじまがっちゃったかしら、)誤解しないで欲しいのは--敢えて改めて書くけれども--私は旅が好きだ。スペインでゲルニカを見た時も、タイの空が真っ青だったことにも、きちんと感動していた。
少しぐらい失望しても、また出かけるのは、好きだからに決まっている。でも何故だろう、旅が好きだから旅に出るんです、シンプルな答えを、私はずっと拒否してきたのである。
学生最後だから、という堂々とした理由付きで、私は青春十八切符の旅に出た。東京、広島、奈良、京都、大阪、香川とまわる「学生らしい」貧乏旅行である(といいながら、おみやげも沢山買ったし、帰りは疲れたからって新幹線で帰ってきたのだけれど)。
大学時代に「意識して」出かけた旅のうちで、もっとも楽しい10日間だった。断言できる。
好きなものを食べて、好きな場所に行き、好きなことをした。(たくさん、ではなく)好きなようにお金を使った。会う人は皆親切だった。合間には持っていった本を好きなだけ読み、帰りまでにちょうど読み終わった。そして、大好きな家に帰ってきた。家に帰りたい、とは一度も思わなかったけれど、まだ帰りたくない、とも思わなかった。ただ、楽しい日々が過ぎて、終わった。
この体験は、これからの私の日常生活をずっと支え続けることになるだろう。と、こんな大げさな宣言をしてしまいたいほど、今の私はおみやげの八つ橋をつまみながら満たされている。
別に「飽きた、飽きた」「袋小路、袋小路」と騒がなくても、予想した感動以上の細部はいくらでもあるということ。想像しなかったすばらしい風景は、別に遠い国に行かなくてもみられるということ。そして、非日常も日常も、けっこう私は両方を愛していけるだろうということ。ありふれて前向きな答えを、実感することが出来た。
旅で自分を変えたいだとか、異郷(異国)での違和感と孤独とはなんぞやとか、そんなことを考えていた君はだいぶ暇だったんだね、本当に楽しんでいたの?就職活動の、「学生時代に打ち込んだこと」に旅を選んだ自分に言ってあげたい。ねえ大変な事なんて何もなかったよ、と。
今もう一度答えよう。どうして旅をするのか。半信半疑で試しに旅をしてみたら、だいぶ良かったからですよ、と。
京都の恵文社の棚の前を3時間以上うろうろして、結局古本を一冊買う興奮。 高台寺のライトアップ、清水の舞台から見た夜景。
奈良・東大寺二月堂でたまたま見た夕焼け。
田舎のカフェでの美味しいコーヒーとすてきな音楽 (ビートルズのブラック・バードだったなあ)。
香川の直島を自転車で走りながら出会った海と畑、 古い住居、タバコ屋のおじいちゃん。
友人宅でのしゃぶしゃぶ。 家族と友達と親戚と他人、8人でわいわい見たサッカーの試合(負け)。
早咲きの桜。
春の気配(夕暮れ時によく感じた)。
出かけるまで、こんなことを味わえるだなんて思っていなかったんですよ、でもね、凄く幸せだったんですよ。いくら言っても、面接では通じないかもしれない。こうして長々と書く文章でしか、私はこの思いを言葉に出来ない。
帰宅して、「帰ってきたよ」と友達に電話し、読んだ本と、少し直島の話をした。明日、スキャナを買いに電気屋に行く。高橋尚子が落選して悔しい。行き先の第2候補だったスペインでテロが起こった。命拾いをしたのかもしれない。
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