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2003年10月27日(月) 白みに耐えろ(と、松尾スズキはいう)

この間電話で友達が、「予備校の帰りに好きな子を待ち伏せしていたけれども、あ。と一言くらい発しただけで通り過ぎられてしまったようなぐつぐつの、そして今考えると清々しい恋の記憶がふと歯を磨いている時などにでてくる」と言ったが、同じような感じで私は今日「コスモスマラソン」という地獄の持久走大会の一種がたしか今頃の時期に行われていた記憶が、電車の座席でようやく上巻が青山ブックセンターに入っていた武田百合子『富士日記』(中公文庫)を読んでいる途中に頭に浮かんできた。

勿論、私にとっては地獄巡りのような5.3キロではあったわけだが、調子がいいと(というか調子がよくならないだなどということは当時の私にはあってはならないことだった)あれを「ランニングハイ」というのだろうか、だんだん体が乗ってきて、いくらでも前の人を追い抜いていける時がある。

それが来るのはたいてい後半で、作戦としては前半8位くらいにつけておいて、ばてた人をランニングハイが作り出す中距離走的スピードで拾いながら最後はちゃっちい銀メダルがもらえるくらいの順位に行くのがいつもの作戦だった。

その年(13歳の時だ)のランニングハイは、真っ黄色に紅葉した銀杏並木の一本道に折り返したところでやってきた。ああ、と私は気持ちが良かった。一瞬、もしかしたら走っていることを、幸せだと思ったのかもしれない。私はその直線で、昨年の優勝者を含んだ数人を抜いた。



『富士日記』はいいと思う。私が卒業論文で研究する予定の『ドロシー・ワーズワスの日記』(原題:Journals of Dorothy Wordsworth)と共通のものを感じる。ドロシーワーズワスは、”イギリスロマン派の代表的詩人で湖水地方の自然を愛でながら生涯を過ごしたことで知られるウィリアム・ワーズワス”の妹である。彼は生涯を妻よりも妹に寄り添って過ごした。その為グラスミアでの日々を中心に書かれたドロシーの日記は彼の日常生活を知る貴重な資料となっている。と、偉そうに書いたよ、もぐもぐ。



最近ポラロイドカメラを買ったのでやたらと写真を撮っている。今日は母を撮った。ポラロイド、とかっこよく書いたが種をあかせば「チェキ☆」です。このあいだできあがった写真を半ば無理矢理に友達に見せたら「んー」としばらく眺めた後に渋い顔で「これはいいんじゃない?」と一枚だけ選びだしてくれた。

てっきり「いいよ、うまいよ」と褒められると思っていたので私は驚いた。私はこんな風に誠実に、人に、あるいは「作品」(かぎかっこをつけたのは、「私のは作品じゃないよ」という謙遜の意)に向き合うことは出来ない。

そしてだから、向き合えなかいがために、昨日書店でゲルハルト・リヒターとかいうドイツ人のアーティストの写真集(作品集)を見せられた時も「あーいいね〜」としか言葉が出なかった。それではそこらへんで「いいよね〜」「ああ〜あれはいいよね〜」と前提も共有せずに分かり合った気になっている私がかつて疎んでいた人々と同じになってしまうのだと思った。どうしよう。



アフリカに行っているきゃへくんからメールが来た。大変なこともあるみたいだけれども本当に頑張って欲しい。日本語が使えるようになったとのことなのでこれからはメールしますね。手紙は郵便事情が悪くて2週間もかかるという。



最近私の描く絵が、時代の寵児になっているようだ。ぐふふ。何を書いてもいいねえ、といわれる。ただし、「子供の絵(やらせ)」という題名の時だけ。これは、と思い『「子供の絵」で作る雑貨』(アスキーコミュニケーションズ)を買う。


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