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2003年07月26日(土)

- お久しぶりです。

月曜日から編集プロダクション(出版社に依託されて記事を作成する会社)のアルバイトを始めました。最終面接で落ちてしまったところが、ひょんなきっかけからアルバイトとして拾ってくれて、この御縁を大切に社員になれるよう頑張ろうと思います。今ちょうど一番忙しい時期らしく、昨日は終電を逃してしまいました。

でも人を使い捨てにしないよう細やかに気を配ってくれて、「これからは九時になったら必ず帰ってね」と言って頂きました。いい会社だと感じています。

毎日の仕事は、エクセルでのアンケートの入力、企業から届いたメールの整理、返信、デザイナーさんへの簡単な絵コンテの作成など、本当に「雑用」--小さな小さな仕事ばかりです。それでも毎日電車に乗って同じところに働きに行くこと、仮の所属がることを、私は幸せに感じます。人生なんてしれているのです(これは最近の座右の銘、悲観とは違います、分かるよね?)。

大学で年上の友達とおつき合いしたことで、私の周りの人は多くが、社会に出て働いています。大学四年生になって就職活動をして行く中で、そのことは強いプレッシャーになりました。自分が中ぶらりんであること、まったく一人で立てていない人間であること、困るとすぐに同じ人に頼ること、そういった甘えた部分を寄り掛けもたれ掛かからせてやってきた人々が、社会に出たら物凄く強くなっていました。夏を過ぎたら、「会社を辞める」と誰も言わなくなりました。

今でも社会人の友達に会ったり電話をしたりすると、私はいつも自分を恥ずかしいと思ってしまいます。彼らは絶対に愚痴らないし、私のように泣いたりしません。ひとりぼっちで、甘えていて、くそみたいな私はひとり真夜中の部屋で思いました。私も絶対に、いつかこういう生き方に追い付こうと。辛いことしかなくてお金もなくて、ルーティンワークの繰り返しで、夢から離れて行く時も、自分の人生を自分だけで考えられる人間になりたいと。問題は表紙がつるつるのかっちょいい雑誌を作れるかとか、新聞の「ひと」コーナーに取り上げられるだとか、外苑前のカフェ、officeで仕事をするとか(これらが私のかっこよさの基準)ではないのだと、ようやく気付きはじめました。だからこそ心底思うのです、変わりたいと。

これから、どうなっていくのかは分かりません(就職活動は続けます)。とにかく動きがあったのはいいことです。同時に人生が止まっていたこの数カ月、いや数年?間は本当に貴重な時だったと感じています。もしかしたらまた止まるかもしれない。あはは、そんなのへっちゃらです。どこまでいってもぬるい地獄は続く。だからといって絶望することはないのだと、私は経験から学びました。毎日書店に通って棚を見て、夜に涙を流して好きな人の事を心の中だけで考えて。忙しいと忘れてしまう心のひりひりした部分を、ずっと見つめ続けたことは無駄ではないし無駄なことなんてそもそもないのでしょう、とクラムボンの原田郁子も歌っていますよ。ね、そんなスタンスでやっていきたいと思う金曜日の夜です。実は明日も出勤です。



もうひとつ。これもひょんなことから、映画評論家の方とお知り合いになることができました。ただ雑用を(ノーギャラで)お手伝いするだけのつながりではありますが。人格者で物腰が柔らかく、素人にも惜しまずに業界の事を話してくれます。本当にためになります。しかもそれが少しも傲慢ではなく、編集者にありがちな「わざとらしい腰の低さ」(私はこのタイプだと思う、自分がへこへこしてることに酔っているのは嫌い)もない。ひたすらナチュラルに、「汚いところだから出版なんてやめときな」だとかおっしゃるのです。

先日はじゃあ一回様子見にいらっしゃいよ、ということで先方のおたくにお邪魔し、一日中映画の編集作業を眺めていました。夏に公開の映画を一本、繰り返し繰り返し見てしまうというラッキーな一日でした。



世間ではフジロックが行われているようですね。昨日、終電がなくなった時に友達に「泊めて」と電話をしたら「今フジロック」と言われて気がつきました。真夏のだるさを知らずに、クーラーのきいたオフィスでパソコンに向かう私は、少し前ならあらゆる「無駄」についてひとしきり悩んだかも。放っておきましょう。しれているのですから。こればかりですね。しれているのよ書くことだって。



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