ここのところ病気をしていたり、なんだかんだとうつつをぬかしていたり、面接で鬱になったりしていて本が少しも読めなかった。読むことと書くことは、長い間しないとバランスが崩れる。(こういう書き方って、まるで江國香織みたいだわ。嫌だいやいだ。)写真は柳宗理の展示にあったポストカード。この人のエッセイは必読書かしら。
NHKの、週刊ブックレビューの公開録画が近くの会場で行われるというので行ってきた。父と母が。私も当然(視聴者ですし)行くはずだったのだけれど、「ほんとだめだわ最近星回りが悪くって!」とぐだぐだを繰り返していたら眠ってしまい・・・ああ。司会の星野知子さん(女優)が着物姿で綺麗だったわよ、と母が申しておりました。
最近友達に、「ホームページ更新してよ、楽しみにしてるんだから」と文句を言ったら「原稿料もらえないから嫌だ」だと。ふうん。ちまたのネット上にはそうして誰かが面倒くさくなって途中で放り出した個人ホームページの残骸が、ごろごろと転がっているのだろう。
気持ちが悪い趣味だけれど、私はいまだにそうした「残骸」をブックマークしていたりする。気持ちが悪いのを知ってやってるからいいの!というのは贖罪にならない?止まった過去の、そのまた過去が見られて面白いのだもの。当然だけれど、いつまでたっても更新されるわけではないから、たまに思い出してページを開くだけ。
先日見た、止まったページの中に「僕の話すことの半分は意味がない。それでも口にするのは君に届きたいからだ」というジョン・レノンの詩が引用されていた。素敵な言葉だと思う。引用した人のセンスがひかると思う。誰も見なくなっても書いた人が忘れても、書いたものが残ることを少し幸せに思った。
昨日、その振られた、というかおつき合いの開始をお断りされた方とお話ししていて、「れいこさんのページは2002年あたりから見てますよ」と言われる。本当に驚いた。私もいろんなところのサイレントビジターをやってるんだから人のことを言えないけれど、インターネットについて少し考えさせられたこの数日であったことよ。
パーソナルコンピュータを閉じたら、たまった紙の束に目を通そう。
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