TAKANORHYTHM...Tomoe

 

 

[Event] 9/20(水) フェスティバルホール turbo studio 〜Movie, ANN, Photo〜 - 2006年09月24日(日)

※日記が原稿用紙20枚におさまりませんでした。2つに分けます。

今日は1日片付けしてましたが、ぜんぜん片付かない(;`Д´)
どうしよう;;

Dグレの番宣が開始されてます。
ネットで拾って見ました。
イノセント(大文字でしたね)のサビは私の記憶どおりでありました。
つまり、ラルクっぽい…(笑
自分の中で、疾走感あってポップで傷天な歌詞=ラルクというイメージが出来上がってる。
イメージができるくらい刷り込まれてるってすごいことです。
a.b.s.的にはたぶんアニタイを意識して爽やかな感じにしたんだと思う。
今のところ、アニメ好きの人にも好評みたい。
動きがある絵に合うと思うな。
イクオさんのコメントによれば、
22日に長谷川さんといっしょにハードロックな曲を録音したようなので、
カップリングだといいなー。

岸さんが20日のフェスの感想を載せてました。
1年ぶりなのに名前を呼ばれて嬉しかったらしい(´∀`)
これからどんどん呼ばれるよ。

Dグレ番宣の曲以外の印象は、
アレンの声がちょっとイメージじゃない…。
もともとコミック読むときに女声をイメージしてなかったからですが。
あとは、神田が意外と美形じゃない(笑
私はアレン好きなので別にかまわないけど(´∀`)
制作会社、このてのアニメをやってないらしくて、作画が不安だな。
あまり望みすぎないようにしよう…。

片付けしながら血+の見てなかった回を早足で見てました。
モーゼスとカルマンの噂のホモ心中シーン…なんだかなあ(笑
やっぱり1年かける内容じゃなかったと思う。
あんだけグチグチ悩んで、最後は「生きたい」「ナンクルナイサ」でまとめるんじゃ、
死んでった人たちの立場は(ノд`)


Aコース参加記録、最後です。


【9/20 turbo studio】

<6:00起床>
1泊して、Aコース最終日です。
私は正直この日はそんなに気合い入ってませんでした。
もともとラジオにそんなに執着がないし、写真撮影はツーショット、集団ともやってるし。
今回Aコースを申し込んだ理由は、ピーターパンを場所取り不要な席で見たかったから。
2日目はおまけ、くらいの感覚でした(ごめん)。

起きてテレビかけてたら、おはようコールABCで映像見れました。


<7:30>
朝食をとるために階下へ。
まだ混み始めてなくて、ゆっくりバイキングの朝食を食べました。
朝は洋食派です。
スープ、パンケーキ、ソーセージ、スクランブルドエッグ、サラダ、オレンジジュースを選びました。
食後は杏仁豆腐とフルーツ、コーヒーで。満腹。
その間にCコースで先に帰ったお友達にメールしたら、
「めざましでも流れた」とのお返事が。ほほう。
このホテル、普段はきっと一人泊まりの人なんていないと思うんだけど、
この日はツアーの人がぽつぽつ一人で食べてました。
食べ終わって出たら外は大行列になってて、早く行ってよかったなぁと( ̄ー ̄;

念のため食べ終わってから外のローソンをのぞきに行ったら、
スポーツ紙コーナーはほぼ空(!)で、
私の前に入った人たちも残った新聞をチェックしてました。
やっぱツアーで泊まると買えないなぁ。
(そう予想してお友達に購入を頼んでありました。よかった。)

売店でお土産を少し買って、帰ってチェックアウトの準備。
荷物増えすぎた(´д⊂)
実は、お部屋のアメニティを土産代わりにほとんど持ち帰ろうとしてたせいだったりして(笑
ツアーで貰ったオレンジトートがでかかったので全部入って助かりました。

10時集合だったので、9時半には降りてチェックアウト。
自動チェックアウト機に案内され、カードキーは持ち帰りしてくださいと言われました。
記念にとっておこう( ̄∇ ̄)
名古屋・東京発組はすぐにバスに集まるよう言われましたが、大阪はロビーで待機。
30分以上待ってました。


<10:00過ぎ>
もっと時間が経ってたかも。バスに乗り込んで出発。
行き先はすっかり慣れたフェスティバルホール
着いたら荷物を別のバスに積み替えて(たぶん、バスを一部返すため)、フェスへ。
11:40頃。まだ開場していなくて、しかたなくいったん解散して12:00集合とのこと。
といっても20分じゃなんもできないので、いつも待ち合わせする
下のエスカレーターの近くでぼーっとしてました。あつかった。


<12:15頃>
待たされて待たされてようやく開場。
入ってすぐのロビーの左側にオレンジ色の椅子が5個置いてあって、
後ろにUSJのロゴ入りの背景の幕が。
ここで写真撮影するんだ( ̄∇ ̄)
入ってもまだホールには入れなくてしばらくウロウロ・・・。
ホールがあいたら入場。私は1階DD列。ボックス席の後ろ、前に手すりがある席でした。
(ピーターパンの席も、写真撮影の順番も、あらかじめ決められてます)
前に画面があって、「turbo studio」のロゴと映像が流れてます。
「たーぼスタジオ」といつもの西ちゃんの筆文字のロゴもありました。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにかけてるのか、違うのか( ̄ー ̄)


【Movie Meeting】

<13:00>
司会が出て来たのが先か映像が先かさだかではありません。
司会は石川氏です。
今までの10年間を振り返り、今後の活動を報告する、というアナウンスがあったので、
ファンが「a.b.s.?」とどよめいてました。

映像では西ちゃんは「西川将軍様」とされ、学校の教室の正面に額がかけてあります(笑
写真はたぶんビリオンの正面アー写で、将軍服を着せてるものだったと(笑
なぜか映像の中の進行役がパッション屋良(!
1時間目、2時間目…と進行するあいまに登場するのですが、
出てくるたび「将軍様に万歳をしましょう」と言っては、
万歳しないで「エビバデパッション♪」と無理やりオチつけるので、
みな失笑しておりました。

確か映像は、革命前夜、革命続行、革命中断…みたいなテーマで進んでいたと思います。
最初のほうで、513の帰りに空港でサポの皆さんに連行されるシーン
あったのがよかったです(´∀`)。
無理やり花を渡され、呆然としてる間に車に押し込まれ(ほんとに押し込まれてた…)、
パーティでカラオケマイクを持ってる西ちゃん。
びっくりしてたけど、嬉しそうだったな。

映像の内容は、西ちゃんの歴史について。
野洲高校でのカドカワ撮影シーンも少し。
あとは、見たことあるような過去の映像が中心でした。
ライヴとか、紅白とか。
ところどころ、見たかどうか覚えがあまりない映像もありました。
NHKから借りてきたらしい封印発表@ANNのシーンや、-eの紹介もちゃんとありました。
今見るとなつかしく、甘酸っぱい記憶の数々。
最新では、去年のイヤカンZepp Osaka(←大阪なんだな、とちょっとびっくり)や
今年の武道館で白い風船をみなが振ってる映像もありました。
武道館はDVDにしてくださいなー。

駆け足で10年間を振り返りました。
いろいろ大変だったが、続けてよかったねぇ。。。


【ANN Special Talk Live】

<14:00くらい?>
次のプログラムは石川氏とのトークでした。
特にセットのないがらんとしたステージに出てくるお2人。
西ちゃんはUSJ風・赤に金色の鼓笛隊風の上着、下に白シャツとネクタイ。
(ネクタイしめてるなぁ、と思ったがあとで考えたらa.b.s.の衣装着るためかしら)
身長差がすごくて漫才師のようでした。
最初立ってた立ち位置が、ふだんのラジオブースと逆で立ちづらかったらしく、
あとで交替してました。
最終的には、への字型に並べたテーブルの左側に西ちゃん、右側に石川氏が座り、
トークをするという形になりました。

トークの内容はあまり覚えてません、すいません(−−;
もともとラジオオタじゃないもんで〜。
地方だから公開のイベントとかにも行けなかったし、石川氏の顔も覚えてません(笑
西ちゃんに対し、完全にタメ口(「お前」呼び)で喋る人を
目の前で見ることはめったにないので、すごく新鮮でした。

石川氏にはもともと「ちょっと手伝って」「いいよ」って感じで声をかけたようです。
映像作りの協力という形から、
「で、司会進行は誰がやるの」「お前がやればいーじゃん!」ということに
なってしまったらしい(笑
自分は本来裏方で、今ここにいるのが人生のピークかも!モテ期かも!!とか言ってはりました(笑

最初、ファンから募集したメールを読もうと石川氏が紙の束を取り出しました。
石川氏が、「こんなの来てた。読んでみて」と西ちゃんに手渡した質問は。
「西川さんに質問です。足の爪は自分で切るんですか?
2人とも苦笑。
「自分で切ります」とのことです。ラジオ全然関係ねぇ〜(笑

ほかに覚えてることをつらつらと。
お互いの存在について・・・
「あまり皆さんの意に沿うようなお返事はできません(笑)」
10年のつきあいで、2人でごはん食べに行ったのは2、3度らしい(笑
お友達とか家族とかいう関係ではないようです。

西ちゃんは、最初、喋るけど相手の目は見ないらしい(笑
そして石川氏は当時かなりとんがっていたらしいです。
若くてギラギラしてたんだろうなぁ…。

ハイプレを聴いたとき石川氏は絶対売れる!と思って、
あちこちにプロモーションしたらしい( ̄ー ̄)

ANNを一度も聴いたことなかった人は、て手を挙げさせてました(笑
誰か挙げた人いるんかなぁ(笑

お互いがすごい、と思ったときは?とか長所は、というような質問。
石川氏の答えしか覚えてませんが、
アンダーカバーを聴いたとき、きっちり作ってる、みたいに思ったみたいです。
(表現は違うかも)

過去、印象に残ってるコーナーの話。
石川氏は「WAになって踊ろう」(なつかしい)の話をしてました。
マル得ネットサーフィンとかと違って、一発芸みたいなネタが可能だったからみたい。
世界三大TK(小室てつや、角松としきとあと誰か)なんて表現も(´∀`)
そんなくくり、ほかできいたことない(笑

しょこたんブログみたいな勢いだけのやつ…
「ギザ!」みたいなの、とか西ちゃんがたとえ話してました(笑
ラジオでは、西ちゃんがよくわからんたとえをよくやってたっけ(´ー`)

ちょっとだけ録音を流したりもしました。
西ちゃんがネタに受けて30秒くらい笑ってるやつ。
(ネタは覚えてないが、相当くだらなかったと・・・)
西ちゃんは絶対あらかじめリスナーから届いたネタを読まない、
それは自分もいっしょになって笑いたいから、と言ってました。
だからたまに笑い続けて止まれなくなる(笑

あと、古いコーナーで「死にかけ!男塾」ってのも流してたな。
魁!男塾をもじったタイトルだよね( ̄ー ̄;
石川氏いわく「今きいたらほんとに面白くない!(笑)」とのこと。

私は、WAになって踊ろう、踊るダメ人間日記、うろ覚えライブレポーチョとか好きでしたねぇ。

ANNS時代の話も。
あの頃といえばカタカナ三文字のあれ!
(当時リスナーだったのでこれはピンときました)
最初の字が「レ」!次が「イ」!最後が「ヴ」!!(みんな爆笑)

心に残ってるレイヴの数々、写真で振り返ってました。
伝説のお風呂でフルーチェ、略してバスーチェ!!
あまりのくだらなさにリアルタイムで泣き笑いした記憶があります(つ∀`)
そして写真では一見、お友達の家でくつろいでるように見える、
実は本間くん引っ越しレイヴのお写真。
ロフトと見えて実は階段下に家財道具が並んでいる(笑
勝手に人の家に合鍵で入り込んで引っ越しし、荷物をお台場のニッポン放送に運び込むという、
今考えても鬼のような企画でした。
お2人いわく、
「リスナーに受ければ受けるほど、上層部が渋い顔になる」とのこと(苦笑

もっとも問題になったレイヴは、あとで顛末書を書く羽目になった、
お台場本間くんタックルレイヴ(苦笑
これ、今思い出したけど私も現地にいました(つ∀`)
2002サマクラの帰りだったっけ。
現地で本間くんを見つけ出してタックルしたらステッカープレゼント。
間違ってタックルされたヨッピーが骨折したそうで(汗
そのことは忘れてたなぁ(酷い

ファンが現地で撮影した映像を編集して公開してました。
ファンが集団でぞろぞろ後をついてく姿はとても怖いです(笑
実際にタックルというか、体当たりするシーンも撮影されてました(汗
私はタックルはしてませんが、ヨッピーに握手してもらったなぁー
あれ同じ日だったかなー?
超なつかしかったです。

このあと、石川氏が担当をはずされて枠移動がありましたが、
その間の放送は聴いてましたか?という質問には、
「自分の担当じゃないのに聴いてるわけがない!」とのことでした(笑
「神田より俺のほうが面白くできるのに!」と思ってたそうです(笑笑
実際、石川氏がはずれた後は西川ANN暗黒時代と呼ばれてましたっけ。
あの頃のことは私は思い出したくないっす。ろくな思い出がない。
ANNSの最終回は2人とも涙涙でありました。
あの放送を聴くと今でも泣けるらしいです(石川氏)。
「今ここで泣かないと一生泣くタイミングがない!」って感じだったらしいです。

ANN最終回の映像もそういえば流してました。
例の「赤信号」のメッセージを読む西ちゃんの表情。なんか見てられんかったなあ。

その後たくさんメールや手紙が来て、今でも嘆願メールが届いていて、
気にしてくれてるスタッフもいる。
ANNをいつ始められるか、という質問には残念ながら答えられない。
ただ、自分たちがいつまでも旬で、面白くあり続ければ、
必ずチャンスは来ると思ってる
(石川氏)
この言葉がすごく重く感じられました。

*
私個人としては、嘆願を続けても、一度終わらせた放送はそうそう始まらないと思います。
何が理由かはともかく、制作側に「西川ANNはいらない」と判断されたのですから。
リスナーの声より、制作側の事情を優先させる必要があったのです。
西ちゃんは不本意に終わらされたみたいな言い方をしてましたが、
私が上層部なら、そんなことを公言するパーソナリティは絶対復帰させないです(苦笑
会社ってそういうところだ。
でも将来、今現場にいるスタッフがもっと偉くなって、
そのときまだ西ちゃんが期待されていれば、チャンスはあるでしょう。
その頃はもう当時のリスナーは大人になってラジオを聴かなくなってるかもしれないけど、
何が起こるかわかりませんから。

いまだに「ルーシーはムーンフェイス」を聴くと涙が出ます。
私自身はラジオのファンではない、どっちかというとかなり批判的な方だと思うんですが、
やりたかったことをどうしても続けられなかった西ちゃんの悔しさをリアルで感じていました。
世の中には、努力や意志の力だけじゃどうにもならないことがいっぱいある。
それでも、願って努力し続けることはやめちゃいけない。

そういえばライヴトーク中、話の流れで石川氏が「強く願う」って言って、
英語で言うと?…西「インヴォーク!」なんていう場面がありました( ̄ー ̄)


【Group Photo Session】

<15:30くらい>

ライヴトークが終わったらいよいよ写真撮影。
西ちゃんはひっこみ、「介護エトワール」と「立つ!」を放映することが案内されます。
10人1組で1組から順に呼ばれるので、番号の遅い人はかわるがわるトイレに立って身支度。
このへんの状況はおととしのワイハと同じなので慣れてます。
私は195組中の180番台と後ろなので、介護エトワールを見ながら、
トイレのタイミングを考えてました。
時間的に、これで18時前までいくのかな?
…とか思ったら意外にペースが早い。どうするんだろ…。

トイレに立ったついでに写真撮影をのぞこうとしても、
「席に帰ってください」と追い立てられました。
こういうところは徹底してるわ。
去年の沖縄では無人島で写真撮影してましたが、
西ちゃんたちがいる場所は死角になってて、撮影時以外は見えないようになってました。
私ども、数十メートル先に西ちゃんがいるのに、フツーに海で遊びまわってました(笑

竹雄ちゃんの雄姿を大画面でアップで見る。
さすがファン、皆ツッコミどころや笑いどころが同じでした(笑
立つ!もかわいらしい西ちゃんの素の姿がクローズアップされて非常によろしい。
列車の中で、「プアーーーン」と音を口まねしてるときに車掌が通りかかる場面、笑いました。

映像途中で、何もなかったステージの中央に、
ボーカルの足元に置くスピーカーを設置してました。
…これは歌あるんじゃないかな。
まさか・・・と一人悶々とする。(でも写真撮影がまだなのでそっちが気になる)


<16:30頃>
後ろから数組目、やっと順番が回ってきました。
ワイハのときも後ろから数組目で待つのつらかったな〜。
10人でカードのくじをひき、1〜10番まで番号がわりふられ、
1〜4番が西ちゃんの横の前列椅子席、5〜10番が西ちゃんの後ろの列です。
私は座り席だと足が見えていやなので、後ろがいいなあと思ってたら、
西ちゃんのほぼ真後ろになりました( ̄ー ̄)
沖縄のときも思いましたが、みやみやがいい仕事してて、
至近距離で見てもすごく美しい西ちゃん(感心)。
ぱっと見た感じ、159cmの私より小柄に見えたんですが、どうなんだろ( ̄ー ̄;
一瞬で撮影し終わり、席に帰れと追い立てられました。
話す暇とかないです。皆で「ありがとうございました!」って言うくらいね。

去年の沖縄では、撮影直前に西ちゃんが出て来たときに小雨がぱらついたため、
待ち時間が生じて、パラソルの下の西ちゃんを遠目に眺めてたっけ・・・。
すぐそこに居るなんて不思議な感じでした。

ホールの席に戻ると、画面がビリオンに切り替わってます。
ステージに黒い幕が張られ、画面が。
これって、やっぱ後ろから誰か出てくるよなあ・・・。
曲がかかってるので、ピーターパンのときに続きまたもやシャドーライヴ状態(笑
何人かの人が座ったまま歌ったり振りしたりしてます。
そのうち、コンサートスタッフのロゴの入った服を着た人たちが前列に出て来たので、
皆、大騒ぎでした。

<明日へ続く>


...



 

 

 

 

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