36歳、生き残っている。 自分は 必要な、やみくもな努力 をしているか。
最初は上記でご紹介しているように、
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急場しのぎその時々で機能を組み合わせて使ってみて、 たまたま便利だったものが生き残って、現在に至った。
その時間がとてつもなく長いために、 試行錯誤の期間に失われてしまったものが あまりにも多いのです。
結果だけ見ると、非常に合理的に、合目的的に デザインされていたように見えますが、 それは今の時点から過去を振り返って、点と点を つないでいるからそう見えるだけです。
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短期的成果が求められるのも仕方ありませんが、 真の創造性がわかるには時間がかかります。
(略)
効率主義のもとに、 1ヵ月、半年、1年と分節化した時間の中で価値を はかるのは、やめたほうがいい。
(略)
ロングレンジの評価軸を持つべきです。
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という認識を持ち、あえて
「これは!」
というものが見つかるまでは、
「全力でフラフラする」
と良いでしょう。
(やっている間は不安で不安で仕方ないけど)
■この段階はいまだ、
「目指すべき場所が明確ではない」
「最短ルートもへったくれもない」
という状態です。
こうした「無用の用」の期間を経て、 自分がすべての資源を捧げられる対象はこれだ、
と決まった時に初めて、
そこで必要な能力も明確化されるので、 その道の先達の教えを請いつつ
「筋の良い努力(=報われる努力)」
を行うという順序が良いのではないかと 考えています。
■つまり、人生においては
「必要な、やみくもな努力」
がある一方で(=無用の用)、
と同時に、
「する意味のない、 不必要な、やみくもな努力」
もあることを知り、
両者の違いを明確に理解し、峻別し、
前者は積極的に行い、 後者は絶対に行わない、
という意志決定を行うことが重要ではないか、 と思っているのです。
■こうした意志決定基準を持っている人こそが 人生戦略を持ち、それを形にする上での
「筋の良い人」
と定義しているということを この長い文章で補足しておきたいと思います。
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