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2003年03月06日(木) 無くなる事の恐怖



 先日、画材の買い置きが無くなったのでもう何十年来つき合っている画材屋に出かけて、オイル調合に必要な一つ、コーパルオイルを探した。どこにもない!
コーパルは古典技法上重要な油である。
 現代においてなぜ古典かと言えば、教育とかこういった技法というものは、人の叡智の積み重ねの結果で、その試行錯誤の結果とも言える。油彩画がどういう風に、どのくらいの期間残るかとか、ヒビ割れは絵の具の何と何が関係しているのかとかが、読みとれる。
 現代のアクリルやビニール系のまだ歴史のない、画材を使って描く勇気はない。 一応、繪は愛好家が買って、飾る。
三文画家と言えども、作品に対してどれくらいの堅牢性と耐久性があるかを知っておくことは当然で、それには、新しい未知の画材は使えない。

そういうものは、アーティストと言われる人や、芸術家にまかせておく。教育も同じで、米国で実験的に子供に新教育をやる人達が居て、家庭の父兄が、その事で子供が犠牲になる事を心配して、進歩的教師に問うた、これがアカウンタビリティ(説明責任)という言葉の元となった。
話がそれた。
 古典の油調合は、主に太陽に晒したリンシード、スタンド・コーパル・ベネチアンテレピン・他を、松から採った、揮発性油(テレピン)で薄め溶き描画する。
 趣味で描く分には、市販されている、何が入っているかよく解らないペンティングオイルと、なんで下塗りされているかわからない、キャンバスと称するものでもいいだろうが、たん譚は一応、三文画家である。「弘法筆を選ばず」というが、その弘法さんが筆を選んだら、もっと素晴らしいものが出来る期待は大である。
ましてや三文画家なら当然、ちゃんとしたものを選ば無ければならない。
 コーパルは、聞けば、環境問題と需要の減少で無くなったそうなのだ。フランスなどは環境問題の側面からもっと手に入らないだろうとのことらしい。店中探してもらい、閉店した画材屋から流れてきたという、埃をかぶった日本製のコーパルオイル(果てしなく疑惑のもの)を全部買い占めた、といってもこんなもの、一・二年分しかない。
かくてこの世から、技法が消えて行く。例えばヴァイオリンのストラディバリウスなどもそうである。
あれの表面に塗られているワニスは、一種のコーパルオイルで、松ヤニが化石化した、琥珀(こはく)を溶かし(どうやって溶かしたかわかっていない)、それを仕上げに塗ったといわれている。ベルギー、ゲントにある、聖バーフ大聖堂にかざられてある、ファンアイク兄弟の描いた「神秘の子羊」の表面にも塗られているという。

 確かに、油絵の具の、発明者とも言えるファンアイクの古い絵画が堅牢で、現在でも光り輝くような、画面を保ち、後世の印象派や、日本の黎明期の西洋画家達の作品が無惨な結果となっている事実を見てもわかろうというものだ。

伝統や情報などは一端とぎれてしまうともう、取り返しがつかない。例えば言葉でもそうで、以下はもう滅びて使われなくなった言葉だろう。

処士横議(しょしおうぎ)…官に仕えず、勝手に論議すること
落首(らくしゅ)    …風刺・批判をこめた匿名の戯歌
上喜撰(じょうきせん) …上等の茶
総後架(そうこうか)  …長屋などにある、共同便所
款語(かんご)…うちとけて話し合うこと
縉紳(しんしん)…官位の高い人、身分ある人
溥育(ふいく)…かしづき育てる事
など。

さて、コーパル、本当に困っている。



英語表記:Copal resin。主に地中海沿岸(アフリカ等)から採れる半化石樹脂。一部のものは現存の樹木からも採取される。コーパルの含まれた皮膜は非常に堅牢で湿気にも強い。半化石樹脂、化石樹脂はどれも硬質だが、コーパルは産地や樹木の古さによって硬軟の差がかなりある。

ファンアイク兄弟。
15世紀の初めフランドルの兄弟(兄フーベルト1366-1426、弟ヤン1380-1441)画家。写実的なゴチック絵画が特徴、フランドル派の祖










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