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2002年12月08日(日) 食べて極楽、見て地獄 -下-



上から読んで下さい。
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 さて料理店は、薄暗く車通りもあまりないヴァレンヌ通りとブルゴーニュ通りの角近くにあり、通り過ぎてしまうくらい地味な入り口が通りに面してある。ようやくついた安堵感とキャンセルされてやしないかとの心配を胸に、扉を開けると、中は「はれ」の世界、フォークナイフの皿に触れる音が、耳に心地よい。急激に空腹感を覚えた。タクシーの手配がままならなく大幅に遅れてしまったことを言い、案内されるままに席についた。一通り周りを見回すと、案の定 日本人カップルが一組いた。
 テーブルの上には燭台に一本の蝋燭だけで、とても暗く、室内の照明も暗く感じた。少し落ち着いて、食前酒は止めて、ペリエを頼み差し出されたメニューに目を通そうとして気がついた。
メニューの字が読めない!意味を汲み取れないと言うのではなくて、字が見えない。最近つとに視力が落ちている上に、ここは異常に暗い。字体も消え入るような細いフランス体。「ううむ!」矯めつ眇めつ凝視するも只の糸線のように見える。
相棒は困り果て、一度席を立ち、眼鏡を取りに行く。それでもなをメニューは、絶望的に見にくく困り果ててている所に、長身のハンサムな給仕人が登場。
「今晩は」
これくらいなら今のフランス人は知っている。その後が驚愕した。
「どうしましたか?」
「目が最近悪くて字が見えない」
「そうですか?では日本語で説明いたしましょうか?」
「そりゃ日本人だから(特にレストランのメニュー書きなんぞ、印象的表現を使った物が多いので訳がわからないものが結構ある)日本語で説明してもらった方が幸せに決まっている」

 さぁ、それから、ハンサムな給仕人氏、メニューの頭、前菜から立て板に水で、フランス語を読んで日本語にし、その素材と説明。あっけに取られている内にはや主菜の説明、ここでハンサム氏、
「この料理は雉です!?あのすいません、雉ってフランス語で何でしたっけ?」
「雉はフィザンでしょ」と、たん譚、なんだか日本人フランス人がでんぐり返ってしまって大笑い。
そうしている内に、見習いくんのような若者が、日本語で
「突き出しでございます」
といってフランスならアミューズブーシュと言うところを、日本語に置き換えて言った。天晴れである。日本の日本料理屋で、果たしてフランスの客人を迎えてこれが出来るところがあるだろうか?
徳島のお茶人などが使う料亭「青柳」の経営する「婆娑羅」に、フランス語が堪能な板前がいる。もっともこの人は、来年巴里にここの支店を出すのでそれの店長になる人のようだから目はフランスに向いている。
 本当のサービスとは相手(客)を心地よい状態にする事だろう。日本のフランス料理屋なんか逆を行っているのではないか?ほとんど普通の日本人が読めないのに、フランス語で書いたりしている。

 さて流れるようなメニュー説明が終わった。今回の目的地でもあった、マルセルパニョルの自伝的小説「父の栄光」の中に出てくる地で、休暇中にビギナーズラックで打ち落とした野生の鶉(うずら)それも滅多にお目にかかれない倍以上の大きさがあるパンタビルという幻の鶉を食べたかったが、さすがにそれは無いようであった。仕方ないので従来の野生の鶉を注文した。
 
 後、すぐにうやうやしくワインのリストを少しこれも若い給仕人が持ってきたが、暗いのと目が悪いのでぼんやりとしか見えない。その時に、耳元で「旦那、いい娘がいやすぜ(彼はフランス語と英語のちゃんぽん)」とソムリエ氏が囁いた。
こちらも予算があるので、それはどこの産で何なの?と聞いたら、
「スペインの1981リオハで素晴らしいのがある、それでどうだ」
へぇ!誇り高き三つ星のフランス料理屋がスペインワイン??
巴里のアラン・デュカスが作った料理屋「スプーン」みたいだなぁと思いながら、それでもいいかとまかせたら、ソムリエ氏すぐに戻ってきて、もう出てしまったのだと言う。
「それでは1982サンジュリアン村のデュークル・ボカイユはどうだ? これは素晴らしい!値段は700〜800(ここは英語だった)ムニャムニャ…」
頭でとっさに計算して納得してそれにしてもらった。出てきたワインを試飲する。良いワインだけれど、香りに乏しく、何だかまだ堅い。
 この旅行の出発日の前夜、家にて偶然同じサンジュリアンのワインを飲んでいて、1999にも関わらず、すでに澱があり、特徴ある香りと味わいがあった。それにくらべても今ひとつだったので、感想を聞かれたときも、「まぁ普通」と答えた。正直もっと良いのにすればよかったとその時思ったのであった。
 
 楽しく晩餐の時は過ぎ、夜11時過ぎには遅れてやってきた客がテーブルを埋め満席となっていた。デザートが終わる頃には夜中十二時を過ぎていた。日本で有名なフランス料理屋を訪ねると大抵早い内に客がひけて、10時過ぎるとまず貸し切り状態になる。食後の会話が多分ない。

 さて支払いである。請求書がやってきた。ぱぱっと見て、相棒に渡した。が、何だか伴侶の顔が引きつっている。
「どうした?」
「ワインの値段のところ見て」
「ううん…、どれどれ」
確かめたがどういうことはないように思えたが再度他の値段と比べてみたら何だか変だ。そこで初めてこの請求書はすべてユーロで書かれているということが分かった。
相棒の目が点になっている理由がわかった。ワインの相談の時、ソムリエ氏が耳元で囁いた「7〜8ハンドレッド」はフランではなくユーロであった。
この額は、この店でしばらく下働きさせてもらえれば、払えない額ではない。それに勘違いといえども了解して飲んでしまったのだから、支払うのは当然である。
悲しかったのは、旅前日に飲んだ同じ村の5000円くらいのワインの方が遙かに飲み頃で美味かったという事実であった。パーカという人が100点付けようがどうしようがこのワインの開花時期が2010年位がピークだと後に知ってそちらの事の方にがっくりした。で、悪夢の会計は全部で一晩約1800ユーロ(内、ワインが約900ユーロ)であった。
下品になるから日本円では書かない。
 
 それにしても、空港で時計のベルトが切れたときから、ろくな事がなかった。不幸中の幸いは飛行機が落ちもせず無事帰還できたという事。ということで無事返って参りました。


追記  以前フランス人は、ほや(老海鼠)は食べないだろうと書きましたが、何か日本の市場に売っている物とは形が崩れてほど遠い物だったが、スーパーマルシェの魚売り場にありました。あれは確かに「ほや」でした。売られていました。「海の無花果(イチジク)」というのだそうな。どうやって食ってるのだろう??










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