今日は梨奈の2人のお友達の誕生日。おめでとう〜!
梨奈が思い出にできるようにともらった補習校の文集を親の私の方が熱心に見ている。届いたのでお礼のメールを送ったところ、校長先生から大切に持っていてくださいとあり、梨奈はきっと大切に持っていることだろう。高校を卒業するまでの作文のお手本となるかな。
普段接することのない中学生や高校生が、普段どんなことを考えているのかな、と思っていたが、作文で案外しっかりしたことを書いていたり、中学生や高校生らしい言葉だけど、的を得ていたり、微笑ましかった。
その中で一つ、中学生の作文で、ある友達のスクリーンネームというのを引用したものがあって、それは「あなたが空しく生きた今日は昨日死んだ人があれほど生きたいと願った明日。」というものだった。
普段変化のない日々を送っている私にとって、それはずんと響いた言葉だった。つい最近、まだお若かったはずなのに、同級生のお父さんでもあった中・高時代の先生が亡くなったのだが、同級生にとっても、きっと一日一日が大きかったはず。
2、3日前にネジャーティにも、変化のない日々を送ったらだめだと、「あんたは星一徹か、それとも宗像コーチか」と思うぐらい、びしばし言われたのだが(特に理系の人間は形を残さないと気にかかるらしい)、そんな言葉よりも中学生の作文の方がずしっとくるのはなぜだろう。
変化がなくても、形にならなくても、意識をして一日を送ったと思えたらいいかな。
明日からは4月。
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