オクラホマ・スティルウォーターから

2005年01月15日(土) 連邦政府跡

今日から月曜まで3連休なので、ネジャーティと梨奈でタルサかオクラホマシティのどちらかに行こうと提案したら、まだ行ったことがないオクラホマシティがいいというネジャーティの意見で、オクラホマシティに行った。

オクラホマシティに行く途中に、ガスリー(Guthrie)という町があり、オクラホマやニューハンプシャーを思わせるような家や建物がある。その町を越すと、オクラホマに戻った、と思うのだが、この町はオクラホマ州の最初の州都になったところだ。

トロリーバスが走ったり、アンティークのお店があったりして、オクラホマの町としてはとても雰囲気のいいところなのだが、今日はあいにくの寒さで、ちょっと歩いてすぐに車に乗り込んだ。

オクラホマシティの一番の目的は、95年4月に爆破された連邦政府跡にあるナショナルメモリアルだ。ダウンタウンのビジネス地区の北にあって、敷地には資料館もできている。今日は資料館には行かなかったが、当時の写真などが展示されているらしい。

敷地にある二つの銅製のゲートには9:01と9:03の時間がそれぞれ刻まれていて、その南側に、犠牲となった人たちそれぞれの碑があり、碑はガラスの正方体に名前が掘られていて、その上に椅子の背もたれがついていて、椅子のようになっている。

よく見ると、一回り小さい碑が見られ、それが子供の犠牲者だったことがわかる。確か連邦政府の建物の中にデイケアか何かがあって、後で容疑者が、それを知っていれば爆破しなかった、と言っていたというようなことだったと思うが、それなら大人なら犠牲になってもええんかい、と怒りを覚えてしまうのだった。

ここの現地時間では明日の午後に阪神大震災の丸10年を迎える。その前日にこのメモリアルを訪れたのも何かの縁だろうと思うのだった。

メモリアルを後にしてビジネス地区の東側にあるブリックタウン(レンガの建物の町)を通った。そこはシンシナティの対岸にあるケンタッキー側のニューポートみたいなところで、そこももう少し暖かくなってから来てみたい。

その後、お昼を兼ねてショッピングモールに寄る。オクラホマに来て初めてショッピングモールに来た。以前は気軽に来れるところに住んでいたが、今は気軽に来れなくなったねとネジャーティとしみじみと語る。

あまり時間もないので、期間限定で開いているカレンダーのお店に寄り、カレンダーを買う。ベリーの家はオウムを飼っていて、グッズも集めてるぐらいなので、オウムのカレンダーを買い、喜んでもらえたのでよかった。何でも2002以降、同じ会社のカレンダーを見つけられなかったそうだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


オハイオ住人 [HOMEPAGE]

My追加