オクラホマ・スティルウォーターから

2003年09月24日(水) お土産�∨�


 前回もいかさんに本をもらったのだが、今回もらった本は目からうろこが落ちるようなものだった。

 誰もが学校で習った社会や理科を違う角度から見たものだ。それぞれ2冊あって理科はまだ全部読み終わっていないのだが、社会は全部読み終えた。社会の方のタイトルは「どうころんでも社会科」とその続編だ。

 縄文時代の話も出てきて、読みづらいかなと思ったらそうでもなくて、意外な話も出てきて面白かった。

 また、おそらくうちの親の世代は周知のものなのだろうが、例えば、東海道五十三次は東海道の陸路をずっと行くと行けると思っていたが、五十三次の中の一ヶ所だけ海路があるのを知らなかった。それは「七里の渡し」と呼ばれるもので、熱田神宮の宿から次の宿の桑名まで、舟に乗って渡るものだ。一里が約4キロなので、七里というと28キロの距離だ。そういえば去年の水戸黄門にもちょうど熱田から桑名まで舟に乗って行くというところがあって、私はただ舟に乗って行ったんだと思っていた。親に言ったら「今さら何言うてんねん」と怒られそうだ。

 ちなみに5年前に亡くなった明治の生まれの祖母は(母もだったと思うが)、戦前の話をする時には「〜から〜まで何里歩いた」とか、単位に「里」を使っていた。

 その他「選挙権はありますか」の項目では「目からうろこ」というよりは、うなずける内容で、女性が戦前には選挙権がなかったというのは社会で習う通りで、この話になるといつも祖母を思い出す。祖母は晩年まで政治に関心があって、眠れない時には、「朝まで生テレビ」を見ていたようだし、新聞にも全部目を通していたが、選挙には必ず投票していた。

 年寄りはすることがないから選挙に行くというのは傲慢な考えで、自分たちの意見を選挙に反映させようにも若い頃にはその権利さえなくて、自分たちが選挙できるんだ、という喜びは、私たちの想像以上だと思う。祖母の年齢で考えると、祖母が40歳の時に初めて選挙権を手に入れたわけで、まだ私はその年齢に達してもいない。

 選挙権が限られた人にしかないと、必ず勝手なことをする輩が出てきて、気が付いた時にはポッと軍事政権なんかができてしまう。気が付いたときにはもう遅くて、勝手気ままのされ放題、なんてことにもなりかねない。


 理科の方は「おもしろくても理科」というのと続編で、それはまた明日。


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