朝5時過ぎに起きて、支度をした。梨奈はぎりぎりまで寝ていた。
出発は8時40分だったが、空港で朝ご飯を食べることにしたので、早く出た。車の中でいろんな話ができたが、笑ったのは父の話だった。 父の実家は戦後少しまで大阪のど真ん中にある商家だったが、父の父が用事で他の商家に行って、遅くなってしまったのでそこの2階に泊まることになった。連絡を受けて父は次の日の朝早く、用事があって、その商家に泊まっている父の父を訪ねた。
父 「すみません、父がお宅の2階に泊まってるて聞いてきたんですが、、、。」 商家「うちには2階はおまへんで。」
大爆笑。父曰く、明け方で2階があるかどうか見えなかったとか。2階と聞いてきたからてっきりそこに泊まっているかと思ったらしい。思い込みは恐ろしい。それで結局父の父はその商家の向かいにある別宅の2階に泊まっていたらしい。久しぶりに面白い話を聞いて、笑いが止まらなかった。
空港に着いた。宅急便で送っておいた荷物が届いていた。ダンボール箱を2個預けて、「荷物は2個でいいですか」と聞かれた。実は昨日もう1個小さいかばんひとつができてしまったので、預けられるかどうか聞いてみた。すると60キロまで大丈夫だからまだ預けられるということで預けた。先に国内線に乗るからそれでいいのか、それとも規則が変わったのか、とにかく荷物が減ったのでよかった。
朝食を済ませたのは8時近くでいい時間だ。両親と別れて、荷物検査を済ませ、ゲートで待っていた。荷物検査のところではある大物関西のお笑いタレントも突っ込んでいたが、「ポケットの中に次のものは含まれていませんか?」という案内板に「ナイフ」や「はさみ」などのアイテムのほかに「安全靴」とある。これはポケットの中に入らへんやろ。
日本の航空会社(JAL)だったが、ファミリーサービスが受けられるということだった。国内線で一旦成田まで行くが、国際線使用の飛行機だった。成田までビジネスクラスだった。成田で降りると、乗務員がずっと案内してくれた。荷物も持ってもらったので大助かりだった。空港の専用のラウンジに通されて、そこで11時5分にそこを出てゲートまで案内するということだった。出国ゲートのラウンジも使用できるということだったが、出国前のラウンジは子供も遊べるようになっていた。手荷物を棚においていけるということで、JAL専用のベビーカーも借りていたので、デザートを食べることにした。とても身軽で楽だった。
あまり時間はなく、あっという間に11時5分になり、ラウンジに戻った。10分ほどして、出国手続きをすることになった。出入国カードがなくなったので、出国口もとてもスムーズだった。ゲートまでずっと案内された。時間があったので、売店で買っていると、乗務員が呼びにきてくれた。子供連れは先に通される。席はスクリーンの前だった。機内は混んでいたが、隣の席はだれもいなかった。肘掛が上がらないので、寝転ぶことはできないが、それでもずっと膝のうえに抱えなくてもいい。
いよいよ出発だ。
|