冷蔵庫にはほとんど何もない状態だったので、Hさんも誘って買い物に行った。同じ寮に住むMさんは風邪で寝込んでる状態だそうである。ここ何日かは暖かいなと思ったら雨が降って寒くなったりと不安定な気候である。今日は25度と少し暑いぐらいである。私も体調を崩さないようにしないと、、、。でもこの気温の変化で紅葉が少しずつ見られる。来月が一番見頃である。
Hさんを寮まで送ると、トルコ人のムスタファ(Mustafa)が立ち話をしていた。ネジャーティがムスタファに話し掛けていた。履歴書や就職活動について話していたようである。アパートに戻るとネジャーティが「今日の夕飯にムスタファを呼んでもいいか」と聞くので、食料には困らないし、いいよ、ということで夕食の支度が始まった。
ここに来るトルコ人の多くはトルコの海軍から来るのだが、ムスタファは個人でアメリカにきている。アメリカの大学院の学生は授業料免除とTAかRAでお給料をもらうのがパターンだから個人できてもあまり負担はない。 ムスタファのお父さんは大使で、ムスタファ自身もお父さんの赴任先に行っていたので外国生活が長く、英語も達者で、トルコ人のアクセントがないと、トルコ人の教授の奥さん(カナダ人)にいわれたぐらいである。今もお父さんは赴任中である。
7時にネジャーティがムスタファと一緒に帰ってきた。食事のときに、ムスタファの兵役に行った話を聞いた。ムスタファは陸軍の基地に行ったそうで、もちろん自分の自由がなくてそれがいやだったといっていた。ネジャーティは偶然にも地元の空軍基地での兵役で、空軍は軍の中でもゆるいそうである。ネジャーティの話では休憩時間に外で訓練生が寝そべっている時に上官が通りかかっても寝そべったままで敬礼しないかったそうである。それで上官も、どうしようもないなあと首をかしげながら通り過ぎたそうだ。ムスタファのいたところではそんなことは許されなかったようである。
また基地の中ではネジャーティはトルコチャイは自分でティーバッグをとってお湯に入れて作っていたのに対し、ムスタファのところはすでに作ってあるものをおいてあったそうだ。そして、その中には性欲抑制剤が入っていたことがそのうちわかったそうだ。アメリカならそんなことしたら訴えられるだろう。
そんな話を聞いてると、ネジャーティ曰く「自分はラッキーだった。」偶然地元というのも信じられない話である。なぜそうなったかはとても謎である。
ムスタファはこの学期が終わる前にどこかに移るらしい。すでに次のステップが見えてるなんて羨ましい。食後ネジャーティは履歴書やカバーレター、就職活動についてムスタファに聞いていた。私が心配しても何も始まらないが、私達は先行き不透明で不安である。
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