オクラホマ・スティルウォーターから

2001年08月02日(木) ポーツマスにて

 お昼ご飯をユキ子さんと一緒に食べることになっている。場所はポーツマスの日本食レストランで、ユキ子さんと必ず行くところである。

 レストランに着くと、既にユキ子さんが待っていた。

 ユキ子さんは明後日日本に発つ。ジェットプログラムという文部省のプログラムで高校で英語を教えるというものだ。2年間の予定である。希望地が親戚のいる神奈川だったのだが、希望どおり神奈川の高校で教えることになったので、親戚の家に滞在することになったらしい。

 神奈川の3つの高校を掛け持ちするようで、主に行くのが1校、あとは週に2,3回らしい。英語を教えるといっても主に英会話の方らしい。前任者によると、2つの高校はいいのだが、もう1校はあまりよくなくて、英語を勉強したくないという生徒が多いらしい。教えるのは3校だが、英語の先生向けの英語の時間や、高校での英会話クラブの担当があったりと、とても忙しい日々になりそうである。また、伯母さんが英語教室か塾をもっているらしく、そこでのヘルプもお願いしようかなという声もあるらしい。

 日本に着いたら東京でオリエンテーションがあって、ハイアットホテルが滞在先らしい。滞在費も何も払わなくていいので、とても喜んでいる。

 ユキ子さんは先週は弟さんがいるコロラドに旅行していたのだが、人がとてもいいといっていた。じゃあこの辺の人はどうなの?と聞くと、警戒心が強くて、鼻にかけている、という。コロラドの弟さんのところでは、見ず知らずの人でも気さくに話し掛けていて、親切なので、ユキ子さんは何か下心があるのではないかと警戒心を持っていて、やはり自分も警戒心をもっているこの辺の人とかわりはなかったと笑っていた。
 コロラドでキャンプをしていた時に、フリーランスの写真家もいて、泊まった次の日にその写真家はとても気さくに話し掛けてきたそうだ。ユキ子さんはその人の人相、服装、車の車種やナンバープレートまで頭にインプットしていたようで、それって、何かあったときに警察に言えるようにってこと?と聞くと、その通りなの、と大笑い。

 話は日本の話に戻って、アメリカ人でも日本をよく知らない人がいるという話になって、ユキ子さんが近所のおじいさんと話したときに、おじいさんが「日本に行くんだって? 中華料理は大丈夫なのかい。」というので、話をしているうちに、中国と日本とあの辺の地理がごちゃごちゃになっていたことがわかったらしい。確かに戦前、日本は満州を占領していたが、日本が元の島国に戻って55年は経っているのに。やはり地理が弱いらしい。

 もう一人おじいさんの話。朝鮮戦争に行ったという人の話。ユキ子さんが日本は朝鮮戦争に巻き込まれたのかどうか聞いてきたので、武器調達などでアメリカの手助けをしたが、直接戦っていない、といったのだが、このおじいさん、「朝鮮戦争で、朝鮮人相手に、いや日本人だったかな? どちらにしても、、、。」と誰と戦ったかも覚えていないの?とユキ子さんの突っ込み。もうろくしているそんなおじいさんもいるのかなあ。
 真珠湾攻撃に遭ったアメリカ人は敵が誰かいまだに忘れていないでしょう。

 ユキ子さん、行ってらっしゃい!


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