言葉を学ぶこと - 2004年07月28日(水) 久しぶりにまじめな話。 私事だけれども、翻訳の勉強を始めた。ちゃんと学校に通い真剣に「始めた」のだ。翻訳という作業は、難しさとおもしろさが同居していてやりがいのあるものだ。言葉を知っているだけでは絶対にできるものではない。その文章が持つ本来の意味や著者が言いたかったこと、伝えたいことを正しく把握できる読解力、それも翻訳をしようとする二カ国語の言語両方ともに持ち合わせること、かつそれを表現できるだけの言語力がないとできないものだ。そして、翻訳者が作る文章に翻訳者自身の考えや意見を持ち込んでは絶対にいけない。 たとえば、「これは○○だ」「これは○○なのである」「これは○○というものだ」をどう訳しわけるか。 「○○だろう」「○○だと思う」「○○と思われる」をどう訳しわけるか。 原因と結果をつなぐ接続詞に「ので」を使うのか「だから」を使うのか。 簡単そうに見えて、いざやってみると????なのだ。日本語って微妙ね・・・。 まだまだ初心者の私には、とりあえず語彙を増やしていく作業で手一杯だ。語彙が豊富であればあるほど、より自然な表現ができる。日本語の語彙すら少ない私・・・まるで日本語の勉強をしているよう。 いや、実際に日本語の勉強もある。日本の慣用表現をどのように解釈しどのように外国語にするか、というのがその一つ。知らない表現というか正確な意味を知らなかったものがあることに気がついた(汗)。 その前にさ・・・・私に読解力も文章構成力もないことは、このサイトの文章を読めば一目瞭然なので、お恥ずかしい話(笑)。語彙は勉強すれば増やすことはできるかもしれないけれど、読解力はもうどうしようもないものよねぇ。 語学の勉強に終わりはない・・・ 事実だ。 ...
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