言葉。
言葉って難しいなぁと今更ながらに思う。
今日は人間関係絡みで、午前中からハプニング続出。 私が直接被害を被ったわけではないけれど、女子の最高齢という立場上、 渦中の人と別室に篭り、励ましたり叱咤したりと大変だった。 途中、自分でもかなりヒートアップし、どかんと雷も落としてしまった。 でも間違ったことは言っていない。 誰かが言わなきゃいけないことだったと思う。 言葉はときに、稲妻となり剣となる。 でも私は祈っている。その子のためになる言葉になるようにと。 その雷を受け止められる子でいて欲しいと。
仕事が終わってから、仲のいい子と3人でゴハンを食べに行った。 午前中の顛末の報告と、これからのことを相談するため。 いろいろ話をして、みんな少しだけ心が軽くなった。 こういう建設的な言葉はとても大事。
いろいろなことを包み隠さず話せる間柄だし、職場での立場をとっぱら って、わたしは普段気になっていたことを思い切って言葉にした。
その言葉は、たぶん相手を傷つけた。
言葉が足りなかった。 わたしが伝えたかった言葉を説明しようとすればするほど、出てくる 言葉はあまりにも薄っぺらく、その薄さは一瞬だけれど、相手の顔を 曇らせた。私の伝えたい言葉はそんなんじゃないのに。
唯一の救いは、今のは言ってはいけない言葉だったとすぐに気づけた こと。精一杯の誠意を込めて、謝り、違う言葉で補った。 たぶん私の言いたい言葉は、相手に伝わったと思う。 あの子たちは、きっとわかってくれたと思う。 きちんと反論もしてくれた。私もそれを受け止めた。 最後に丁寧に「言い過ぎた、考えなしの言葉だった」と頭を下げた。 「みちよさんの言いたいことはちゃんとわかります」と笑ってくれた。
でも私の気持ちは霞がかかったままだ。 言うべきではない言葉を、無用心に使ってしまった。 口に出してしまった言葉はもう、修正液では消せないのだ。 その無神経さに腹が立つ。自分の甘さに泣きたくなる。
凹む気持ちで家に着いた。こんな日に限って、まだ父が起きている。 「荷物が届いてるぞ」父が教えてくれた。嬉しい贈り物がふたつも。
クマのポスカにくすりと笑う。 サルの手紙を読んでほろりとする。
言葉で叱咤し、言葉で人を傷つけた。だけど言葉に救われもした。
言葉の持つたくさんの側面を、はかり知れない役割を、いまぼんやりと 考える。昨日届いた贈り物のCDを聴きながら。 先日読んだ「きよしこ」のことや、友人たちとのコミュニケーションの こと、決して解決はしていない雷をおとしてしまった渦中の人のこと…。
聴きなれない中国語の歌詞。 未知の言葉のなかで、私は私の言葉を模索し続ける。
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