手紙。
少し前から、東野圭吾の「手紙」という小説を読んでいた。 今日のお昼休み、とてもいいところで終了。 その先が気になって気になって、終業後一気に読了。
涙ボロボロ。 涙の雫がメガネについてしまうほどボロ泣き。 読み終えてすぐに韓国語に行かなければならないのに、 着替えに行く最中も涙が止まらなくて、階段ですれ違った同僚に、 「何かあったんですか?」と心配される始末(笑)
手紙というキーワードを巧みに操り、兄弟がゆえの葛藤を描いた 作品なのだけど、いやー、うまい。一生ついてゆくわ、東野さま!
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文字で何かを伝えるのってすごく難しいけれど。 だけど文字だからこそ伝えられる何かもある。
たとえば素直に言えないごめんなさいや、 相手に対する憤り、口に出したとたん陳腐に思える愛の言葉や、 じっくり考えた末の結論。
あたしは手紙にウソは書けない。 元気じゃないのに元気だよとか。つまらないのに楽しいよとか。 紙に向かうと、自然と素直になれる。 なれるというよりも、素直になってしまう。 それはメールが発達した昨今、手紙を書くという作業はとても 奥ゆかしく、気持ちが静まるものだから。 相手の顔を思い浮かべ、自分の気持ちに正直に、いま伝えたい ことを自分の言葉で綴ることって、とても大切なことだと思う。
下手な文章だって、汚い文字だっていい。 ワープロで打った文字よりも、瞬時に送れるメールよりも、必ず 相手に伝わるものは大きいはず。 字を書いて、切手を貼って、ポストに投函して。 その手間が、またメールとは違う愛着を醸し出すんだなぁ。
思いを寄せてるあの人に、お世話になった知人に、ケンカして 疎遠になった友人に、いつもツルんでる親友に。 テレビを消した静かな部屋の中で、たまには誰かに手紙を書いて みようよ。きっと何かが伝わるよ。
手紙を読んでる人の顔って、優しくて好き。 みんなほんわかしてる。 あたしもそういう表情をさせられる手紙を書けたらいいな。 「ふっ」と緊張の糸がほぐれるような。
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