幻想の一瞬…「オー・ド・ヴィ」
函館港イルミナシオン映画祭が終わりました。 連日の打ち上げにヘロヘロ。 何から話そう。話したいことが山ほどあって、困ってしまう。 やっぱり「オー・ド・ヴィ」かな。「オー・ド・ヴィ」にしよう。
やっと最終日に完成版を観ることができた〜。 始まる直前、まるでピアノの発表会の舞台袖にいるような緊張感。 上映前、音楽担当でうちの映画祭のディレクターでもあるあがた森魚さんのサウン ドトラックライブを20分聴く。素晴らしい。素晴らしすぎる。あの映画の雰囲気に ここまで、よくぞここまで近づいてくださった。というよりも、この映画にはこの 音楽しかないでしょうと確信するくらい。ザワザワと胸が騒ぎ出す。 もうすぐ「オー・ド・ヴィ」に会える。あのアタシ達の「オー・ド・ヴィ」に。
「篠原哲雄監督作品」 漆黒の闇にこの文字が浮き上がる。始まる。始まる…。 蒼い海にぽつりぽつりと浮かぶ漁り火。切ない旋律。そしてタイトル…。 すごい。全身粟だった。ぶるりと震えがくる。どうしよう、美しすぎる。
そして波の音。浜辺に横たわる女性の裸体…。微笑みをたずさえた死体…。
胸がつまる。ほとばしる情感を押さえることができない。 すごい作品になるだろうという予兆が、びんびん響き渡る。耳の奥がずきずきする。 監督、すごいよ。やっぱりあなたはすごい。 と、そのとき場面が変わる。私が初めてロケに参加したシーンだ。 監督とカレーの話をしたあの場所だ。 あのときの岸谷さんが、あのままの格好で、あのままのクールさであの小路を 歩いている。私がスタンバイしていたお寿司屋さんも映る。 そして電車登場。私がやっぱり変わらず0.5秒映っていた。嬉しい。嬉しい…。
「オー・ド・ヴィ」という海のなかを波にまかせて漂っている感じ。 できるならその海水を取り込みながら、そしてしだいに酔いながら、この空間を この妖しく愛しいこの空間を共有してゆきたくなる。 函館の街はどこか流線的だと撮影の上野さんがおっしゃった。 そういえばそうだ。臥牛山の山肌も、そこから見える街のくびれも…。 そうかもしれない。ここはまるで女性の身体のようだ…。
途中音声がでなくなるというアクシデント。映画の緊張感が途絶える。 緊迫するスタッフ。復旧の見込みがなかなかつかず、観客から不満の声が出始めた とき、なんと岸谷さんがステージにあがってくれた。彼は当日の朝までは、こちら に来れない予定だった。…が、しかしなんということに無理矢理都合をつけ、最終 便で駆けつけてくれることになったのだ。マネージャーもつかずたった1人で。 「オー・ド・ヴィ」にはやはり神様が宿っている。
岸谷さんの登場で、観客のテンションが一気にあがる。シークレットゲストだから なおさらだ。岸谷さんも一生懸命繋げてくれている。スタッフの必死の復旧作業。 やった、音が出た!
再度鑑賞を始めることになった。 もちろん最初の高ぶりは損なわれた。だけど会場の想いはひとつ。 続きを早くみたい…! 2時間はあっという間だった。決してテンポのいい作品ではない。 ゆったりと、そしてときには激流に飲み込まれつつも、酔いは確実に回ってゆく。 きっと全ての人が受け入れてくれる作品ではないのかもしれない。 だけど絶対に、時間がたつにつれてもう一度観なくてはいられない衝動にかられる だろう。一度観ただけでは「オー・ド・ヴィ」の全てはきっと語れない。 ゆっくりと反芻し、咀嚼し、また飲み込んだはずなのに、それでもまだ私にはこの 「オー・ド・ヴィ」の謎は解けていない。何度となく観るうちに、この謎は果たし て解けるのだろうか。…いまは、解けないほうが、いや解かないほうがいいのかも しれないとも思う。まさに余韻の作品なのだ…。 率直な意見を言わせていただくなら、きっと評価は分かれると思う。 肌に合わない人も大勢いるだろう。だけどこの独特の世界をどうか理解してほしい。 アタマで考えないで。この作品の持つ刹那的な雰囲気に身をまかせてほしい。 そしてできるなら一緒に酩酊してほしい…。
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近いうちにまた映画祭のいろいろなこと、アップしたいと思います。 例えば「空の穴」の熊切監督のこととか!彼もまたとてもナイスガイで、作品も 「ぎゃーー!」って叫びたくなるほどお気に入りで、その監督と飲んじゃったこと、 岸谷さんとの熱い握手のこと、らぶ篠原監督と少しだけしかお話できなかったこと、 などなど盛りだくさんです。それではまたにゃ。
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