日々の泡・あるいは魚の寝言

2007年05月13日(日) うまうまとか猫たちとか

☆原稿をお渡しするのが、月曜日朝で良い、ということになったので、週末はちょっと時間ができて、ひさしぶりに、まともな(当社比)料理作ったりしていました。

金目鯛を三枚におろして、頭はお味噌汁、残りはムニエル〜♪とか、ネットでこんな感じのレシピを見たな、と思い返しながら、たけのこを豚の薄切り肉で巻いて、梅酒と醤油、バター風味で味付けしながら焼いたり、とか。

☆魚を料理するのは好きです。
内臓とかさわるのも嫌いじゃない。そもそも、包丁を使うのが好きなんだと思います。いのちをひとついただいて、食べるためのかたちに整えてゆく作業って、自分の手でできるならした方が良い、大切にしたい時間だと思っていますし。
私は、生きている魚にとどめを刺すところから、料理するところまで、一応ちゃんとできる人間で、そういう自分で良かったな、と思ってます。それだけは、ささやかに自慢だったりする。
(でも、情けないことに、あさりの酒蒸しとかは、作るの苦手だったりするんですが…。なんかこう、フライパンの中のあさりの側の気持ちに同調してしまう難儀な人間なので…)。

あと、魚介類は、なんていうか、「収穫の喜び」に近いものを、調理していると感じます。
たぶんこれは、人間としての原始的な喜びなんじゃないかな、と思う。
貝塚とかね、ほら、私たちの先祖の人間たちも、美味しいな、嬉しいな、と思いながら、貝を食べたのだろうと思うのです。
その血が、現代に生きる私にも流れてるんだなあ、とか思います。

☆生きるということの意味を見失いそうになったとき、私は、家の猫たちの表情をみます。
彼らは、シンプルに生きているから。

生きているのは嬉しいこと。家族が家にいるのは嬉しいこと。目があうのは楽しいこと。追いかけっこはわくわくすること。おもちゃでいっしょに遊ぶのは、愛情と友情の再確認。
いっしょに眠るのは幸せなこと。起きて目覚めてあいさつを交わすのも幸せなこと。
ご飯の時間は、目が輝くように、素敵なこと。毎日の、いちばんの楽しみ。

☆猫たちは、私の大事な先生なので、この子たちのごはん代を稼ぐために、今日も明日もあさっても、がんばって原稿かかなきゃなーと思います。

しかし、勘がいい縞三毛レニ子が、私が今週また家を空けるのにもう気づいたらしく、べったりはりついて離れないので、困ります^^;
私が家にいないと、鳴きながら探すというので、この猫は。また鳴くんだろうなあ。
しかしまさか、ホテルに連れて行くわけにもいかず…。
うう。私も辛いんだよう、レニちゃん。

☆そういえば、今朝みた夢に、死んだ父がでました。
家族ででてきていたのですが(つまり、家族の中に、平然と生きている姿で、登場してるんですね、違和感なく)、上等な仕立てのスーツを着て、元気そうでした。お父さんも死んでから長いことたって、だいぶ成仏してきたのかなあ、なんて思いました。
死んだ直後とか、年月がたたないうちは、辛そうな表情や、病人の姿で、私の夢枕にたっていた父でしたので…。


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