日々の泡・あるいは魚の寝言

2007年04月29日(日) 自分の時間

☆「自分のために、自分の時間を使うこと」
これが、心療内科の先生にだされた宿題みたいな自習みたいなものだったりします。

いつだったかのカウンセリングの時、先生に、冗談交じりに、
「先生、生きるってすごく疲れることですね」と話したら、

「そりゃあなたはそうでしょう。それだけ他人のために、自分の力を使っていたんでは、自分のためのエネルギーが残っているはずがない」と、ちゃかすように返されました。「今まで人のために使ってきた力と時間を、自分のために使いなさい。そうしていいんです。だいじょうぶ、あなたのようにまじめな人は、それくらい他人を突き放しても、いいかげんなことにはならないから」

☆そうか。私はまじめなのか。じゃあ、よくわからないけど、大丈夫なのかあ、と、少しずつ、「むりないひとづきあい」を実行中です。
…なかなかに難しいですが。
でも、たしかに、ひとのために使う時間を減らしていると、体が楽になるのね、と発見。そりゃそうですよね、「物理的」にそうなるわな(笑)
人間みんな、二十四時間を生きているんですから。

☆しかしまだ、どうしても、他人と接していると、「このひとはなにを望んでいるんだろうか?」「このひとを笑わせるには、なんていったらいいのかなあ」「このひとをなんとか幸せにしてあげられないだろうか?」と、考えてしまう自分がいます。
もちろん、それはどちらかというと、私という人間の長所というか、客観的にいって、人にすかれるポイントの一つなんですが、まあそれも限度があるよね、と。
生きていくのに疲れを感じるほど、笑顔でひとの幸福のために生きなくてもいいというか、「そこまで無理しなくていいから!」と、本気で心配してくれる友人知人がたくさんいる、と、実に鬱病を自覚してから気づいたんで。
いつもまわりに感謝してはいたんだけど、そのつもりだったけど、ここまで、自分が人間関係に恵まれていたって、気づいてなかった。

鬱病はそりゃ大変ではあるんですけど、「私のことをそんなに大切に思ってくれているひとたちがいたんだ!」(リアルでネットで。それから、サイトの掲示板やゲストブックにかきこんでくださった読者の方々の言葉…みなさま、ありがとうございました)という今更のような発見ができたのは、この病のせいなので、それでおっけーと思っています。
私ったら、幸せ者〜♪

私は私で、ゆるゆると、自分が苦しくない範囲で、無理なくお節介人生を生きていこうと思っています。…いややはり、ほかのみんなの幸せのためにがんばる私、というセルフイメージは、たのしくてすきなんだもん(笑)。

あとやはりね。私はたくさんのひとから、愛情をいただいているので、それを返していきたい、誰かに、世界に、還元していきたいです。

☆ただ、依存共依存の関係におちこまないためにも、「他人の人生から手を引くべきポイント」「他者を突き放すべきタイミング」に、いつも気をつけていないといけないな、と、思っています。
「無理だと思う人間関係には、もう関わらない勇気」とかも。




西新宿の空を駆け上がっていった飛行機。
すごい早さでした。キャンパスに誰かが一気に線を描いたように、さあっと飛行機雲が生まれて、消えてゆきました。


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