日々の泡・あるいは魚の寝言

2007年02月16日(金) しろうさぎ

☆明日から東京です。荷造りも無事終えて、ただいま旅行前の最後の準備をいろいろとしているところです。
今回、首の調子がまたいまいちよくないので、なるべく軽めの荷物にしたつもりですが、どうかなあ^^;

☆ここ数日は、踏切の事故で亡くなった巡査さんや、その周辺の方々のことを考えていました。自殺したかった女性の方や、電車を運転していた運転手さん、事故を見てしまったひとびと。
どれほど多くの人の心に、深い傷を残したのかな、と想像すると…
巡査さん自身の最後の思いを想像すると…
巡査さんには、本当に助かっていただきたかった。いまも涙が出ます。

例によって、事件事故悲劇が「ひとごとでなく」ダイレクトに心にくる体質なので、かなり打撃でした。
心をそちらからそらそうとしても、すぐに地獄のふちをのぞきこむような、暗澹たる悲しい気持ちに沈み込んでいってしまう。

なんていうか、この、ハイパーに他者の「痛み」にシンクロしてしまう感情というのは、何ヶ月か前にも日記にも書きましたが、私自身の作家としての才能の源でもあるのですが(この「能力」があるから、作品が書けるのだと思う)、同時にやはり自分の心をさいなむ刃でもあります。
日常のニュースの中で、被害者やその周辺の人々の心に共感し、同情するのは、ひとならば大小みな持っている共感する力なのですが、私はその度合いが激しいらしく、それがひとなみはずれていることに、実はカウンセリングに通い出すまで気づいていませんでした(苦笑)。そりゃ、どこか変だな、とか、私ってわりと善人?とか考えてはいたのですが、どうも、「病的」レベルの共感をしているらしく。
たぶん私は、因幡の白ウサギの肌みたいな心で、日々のニュースに接しています。

そのあたり、病気と健全の境目って、ほんとあやふやだと思います。また、「病的」であるらしい私は、自分の共感能力(といっていいのか)が、そこまで過敏で激烈なものだとは思ってなかったので、治療の対象になるのだとも思っていなかったですし。
あるいは…私だけでなく、もっとたくさんの人たちが、私のような「他者のいたみ」に過敏な生きづらさを抱えて生きているのかもしれないな、と思います。

☆そういう私と同類の人たちのために、私がカウンセリングで先生に教わった(というかロールプレイングだから、自分で気づいたこと、というのかな?)考え方ですが…
この話は、日記には書いていなかったですよね?

私が昨年の夏に、「事故で子どもを死なせた学生さん」や「死んだ子ども」「目の前で子どもに死なれたお母さん」「過去に戦争で死んだ人たち」の悲しみや苦しみに同調して、どうしようもなく、泣けていたころ。
先生にその話をしたら、診察室の椅子を指し示されました。
「いまあなたがかわいそうだと思っている人の気持ちになって、そこに座ってごらんなさい」
私が座ると、先生は、もう一つの椅子を、私に向かい合わせて、
「いまこの椅子に、あなたのことを思って、泣いている人がいます。あなたは、その人を見て、どう思いますか?」
「ええと…泣かなくても良いのにな、と思います」
「そうですね。では、なんて声をかけてあげますか?」
「ありがとう」

ありがとう、その言葉は、自然に口からでてきた言葉でした。同時に深い感謝と親愛の情がわいてきました。
その場でまた泣いてしまったのですが、それはとても暖かい涙でした。

他人の悲しみも喜びも、同調し、共感することは大事なことだと思います。そもそも、他者の感情に共感し、同調することによって、人類というひとつの大きな群れは、存続していくのだとも思います。
でも、ある一線を越えてまで、共感しすぎてはいけない。他者の悲しみにひきづられすぎて、自分が不幸になることを、その他者及び、「群れ」(人間社会、といいましょうか)の他のメンバーは望まないからです。泣いてくれたことに感謝はすれど、不幸までもはのぞまない。
むしろ、「あなたは幸せであってくれ」とのぞむだろうと。

私は、人間という生き物が好きだし、人の中で生きることも好きなので、今後も過敏な自分をもてあましつつ生きていくと思いますが、でも、昨年の夏のカウンセリングで、楽になったと思います。
そしてもし、私と同じ傾向にある人がここを見ていたら、この思考法がなんらかの参考になるといいなあと、思います。
うちの主治医の先生はネットはみない人だというので(笑)、ここはごらんになっていないと思いますが、感謝しています。ありがとです、先生。


 < 過去  INDEX  未来 >


chayka [HOMEPAGE]