日々の泡・あるいは魚の寝言

2006年06月16日(金) 今日のカウンセリング

…カウンセリング日記になりそうだなあ^^;

「イヤなことはイヤだ」とはっきり発言する練習を、今日もする。
「ふてくされたひとに対する対処の仕方」を学ぶ。
どちらもロールプレイで、当事者のそれぞれの立場の気持ちになってみて、先生の指導の元、自分で「発見」する。

私はつい、「他者」を軸とした考え方をしてしまうので、そうではなくて、自分自身の快不快をちゃんと感じることや、「生きていたい」「幸せになりたい」という想いを、第一に考えるようにしなくてはいけない…らしいんですが、「身を捨てること」を美学だと考えるようにして生きてきたので、その「当たり前の生き方」が、私にはなかなか難しいです。

自分の感情優先で生きようとすると、私は強い罪悪感を感じて、いたたまれなくなってしまうのですが、先生にそれは、「あなたの心の中の『子ども』が、(そんなことをしたら)身の回りの人たちに見捨てられる、という不安に怯えているのです」と教えていただき、なんだかがーんと。

「周りの人たちはどうでもいいんです」と、先生はおっしゃいます。
「他人(の感情)を気にしてはいけません」と。
ふてくされているひとをみると、私は、「きずついているんだ、かわいそうに。なんとかしてあげなければ」と思ってしまう癖があるようなのですが、先生とのロールプレイでわかったこと。
「ふてくされているひとは、傷ついているわけじゃない。怒っているだけなので、ほっときなさい」

…うーん。まあそうですよねえ^^;
でも、ロールプレイの場では、目の前に、想像上のふてくされている人が出現すると、申し訳なさのような、同情のような、憐憫のような感情で、胸がいっぱいになってしまうんですよね。
「ああ、かわいそうに」という感情に近いかな?
自分がマイナスな感情を抑え込むたちなのに、他人のマイナスな感情には、過敏に反応して、癒してあげたくなってしまう。

共依存体質ですね。
いかんいかん。
ここで治さないと、私もだけど、まわりのひとみんなを不幸にしてしまう。
「私は私、あなたはあなた」という言葉を、心で唱えなければ。

☆今日、先生と一緒に唱えた言葉。
「私は、誰かに心をかえられることはありません」
「ほかの人も、私に、心を変えられることはありません」
それができるのは、自分自身だけですから。

☆と、ここまで書いて、今日のカウンセリングを追体験するだけで、疲れてしまったので、つづきは、機会と気力があったらまたかくかも…でも、時間がなかったら、かかないかも。

うん。「気が向いたら」、書きますね^^
…自分に負担にならないような発言をがんばってしてみた^^;

☆<香水日記>フルール・ド・オゥ。かろやかに甘い、水の香り。


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