日々の泡・あるいは魚の寝言

2005年09月16日(金) がんばっていたのだなあと

☆ひきつづき、以前に書いた長編(四百字詰めで三百枚台かな? 四百はいかないと思う)異世界ファンタジーを読み返している私なのですが…。

なんかこう、昔の私、偉いなあとか、うまいじゃないですか、とか、妙なところで感動したりして^^;
このお話、自分でいうのもなんですが、たしかに「うまい」んですよ。客観的にいって。おもしろいんですよ、この原稿は。

十二才の女の子の一人称で書いてあるんですが、その子の背丈で、世界の歴史と地理の広がりが、ちゃんと説明してあるんですね。で、対比して、儚い小さな存在であるその子の、だけどそれなのに、歴史がらみの大きな事件に巻き込まれてしまって命がけでがんばる、その「命がけさ」がよく描かれているなあ、と。
また、一人称ゆえの演出というのがありまして。それはつまり、本人が口にしている言葉と、実際の行動との間に違いを見せることによって、微妙な揺らぎを見せたり、キャラクターに深みを出したりするテクニックがあるのですが、そのへんもうまいですね、昔の私。

これがほんとの自画自賛なんですが、わかってるんですが、正直、ほっとしたので、日記に書かせてください、あと少しだけ、自画自賛^^;
文章がうまいし、砂漠が広がる大陸の都市の描写とか、よく書けていて、2005年の今の私は嬉しいなあ(遠い目)。
そういや、これを書いていた頃、砂漠関係の本を集めまくっていて、読みこなした資料の脳内の蓄積が、当時並行して書いていた、旧シェーラを書くときに役に立ったのでした。

☆でもさすがに、今の私の目で見ると、登場人物の思考の論理の詰め方が甘いとか無理があるとか、そういうのはちらほらと。そのあたりだけは、できる限り、なんとかして、今の私がフォローを入れたいな、と思っています。

ああ、だけど。丹念に作られた年表や、地図をみていると…
当時の私に電話をかけて、細部をレクチャーしてほしくなる^^;
昔の自分が作った設定を、どこまで今の私が思い出せるか、いかせるかが勝負のような気がする。広いなあ、この砂漠の大陸は。

原稿の紙はもう変色しつつある感熱紙。打ち出したワープロは、今はもう我が家にはない、キャノンのワープロ専用機。
原稿に書きこまれた、編集の方の鉛筆書きのはてながいくつもついた書き込みと、自分が他の紙(コクヨの原稿用紙!)に手書きで書いて切り貼りした、書きたした部分のその紙が、なんとも懐かしいです。

「昔」とはいっても、つい「数年前」のことなんですけどね^^;
でも、とても遠くまで来たような気持ちがします。




「このお花、なあに?」
あんず(SDC紅ちょこっとカスタム)と、名前を知らない外国の花。


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chayka [HOMEPAGE]