日々の泡・あるいは魚の寝言

2005年02月02日(水) 雪の朝

☆早朝に、あまりにも外が静かだったので、目が覚めました。
…いや、その数時間前まで、なんとはなしに起きていたのですが。

家のそばにある県道を、チェーンをつけた車たちが、間遠に行き交う音が聞こえ、枕元や胸元では猫たちが、丸くなって眠っていました。

窓にかかるカーテンのすきまから、白っぽい光が差していて、それは雪が積もる外の風景からの光の照り返しなのでした。

過ぎ去ってきた時のことや、遠ざかってきた物事、人たちのことを想いました。つれづれに考えているうちに、ふと、児文協の創作教室が、今月で終わるのだなあと思うと、無性にさみしくなって、猫どもを抱きしめたりしました。

猫どもには難しいことはわからないので、ごろごろと無邪気にのどを鳴らして喜び、じんわりと重たく暖かく、そのたしかな指に触れる暖かさが、宝物のように思えました。

☆他人や、集団に依存することは好きではないので、あまりつながりに心を残さないようにしようと、いつも思っているのですが、でも、「人といる」ということが無性に好きな性分ではあるので、別れの一つ一つが、胸にこたえます。

児文協の教室は、一年だけの仕事だとわかっていることだったので、さっくり別れなければならないのですが、でも、やっぱり、教室は楽しかったし、生徒さんたちは(私より年上の人たちもいらしたけど)、みんな、かわいかったです。
そして、私は、あの場所の雰囲気が、とても好きだった。

ほんのわずかな間の、月にただ一度数時間のおつきあいだったけれど、私は本当に、あの時間が楽しかったし、生徒のみなさんの幸福を祈りたいと思います。

…最後の授業の時に、泣かずにいられる自信が無くなってきた^^;
どうしよう?

☆あんまり人に甘えない私ですが、東京には、「さみしいよう」と訴えると、「よしよし。わかってるよ」と頭をなでてくれる年上の平和運動家のお友だちもいるので、きっとまた、最後の授業のそのあとには、その人に「さみしいさみしい」と訴えて、「よしよし」といわれるんだろうなあ、と思います。




りや猫。

先日、りや子をみた、クロネコヤマトのおじさまが、
「おおきかですねえ! 六キロくらいあるとじゃないですか!」と、彼女のビヤ樽のようなおなかをみていいました。
「いいえ、四キロしかないんですよ」と私は答えました。

六キロあるのはレニ猫の方で、ふたりあわせて計十キロが、毎晩布団の上にのっかって、私を押しつぶそうとします^^;


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