日々の泡・あるいは魚の寝言

2004年07月01日(木) 東京紀行つれづれ語り1

さて、今度の旅行であったことは、何から話しましょうか?

今夜はとりあえず、まだ疲れているので、軽い話でも。

滞在中のある夕方に、ポプラ社なじみのN嬢や、新担当雑学の星K嬢と、ポプラ社新社屋(壮麗というか美麗なビルでした)で打ち合わせしていた時のこと。

私が、「いつも新宿にきた時は、都庁界隈の道を、夜にひとりでお散歩してるの」という話をしたら、N嬢が、眉間にしわ寄せ、ため息交じりに、
「…そんなことしちゃいけませんよ。危ないじゃないですか?」

「え。でもあのへん、夜でも人通り多いし、道は見晴らしいいのに。
危ない道だったの? 月が都庁にかかると、すごくきれいなんだよ」
「危ないって、そういう意味じゃないですよ…」
「どういう意味?」
「あんな生活の匂いのないところを歩いていると、変なものにみいられますよ、きっと」

…魔界都市新宿ですか(^^;)?

たしかに、夜更けの都庁界隈は、しんと静まりかえっています。
大きな大きな建物が、青い夜の中にうずくまるようすは、まるで、名前も忘れられたような、滅びた文明の、巨大な遺跡のよう。
うつくしい廃墟、という感じはします。

でも、そこにかかる月は、本当に美しく、空は高くて。
いっぱいに夜の空気を吸い込むと、今この時代に自分が生きているということを、寒くなるくらいに感じられて、幸せになれるのです。

高い高いビルは、現実離れしているけれど、でも、これも人の知識と、研究と、理想と、建設した人たちの汗が造りだしたもの。
そう思うと、やっぱり、人に生まれた誇らしさを感じて、嬉しくなるのです。

私は、このしんとした景色が好き。
そして、この時代が大好きです。

帰りの飛行機の中で、高い高い空の上から、終わらない夕焼けを見た時も思いました。
純粋な黄金色の光をまとった落日も、カラメル色に染められた空も、夜の青色との境目に見える、にじんだペリドットのような緑色も。
少し前の時代の人間には、みえない景色でした。
この先、時代が悪い方に変わることがあるとしたら、未来の人にもみえなくなってしまう、贅沢な景色かもしれない。

でも、私は、昨日、04年6月30日の夕方に、飛行機に乗り、このうつくしい空を見ている。そうして、今日、7月1日の日記に、その時の思いを書くことができて、WEB上にアップして、いろんな人によんでもらうことができる。……ひょっとしたら遠い未来の、私が知らないまだ生まれていない人たちにも。

人は誰も、永遠に生き続けていくことはできない。
私だって、いつかは死んでしまうわけで。私ももういい年ですから、リアルな気持ちで、自分の未来は考えていたりするわけで。
でも、その限られた人生の時間を、私は、この時代に与えられて、よかったです。私は、この時代が、いまの日本が、とても好きだから。

そりゃ、すべてにおいて、最高、な時代なんかじゃない。
でも、けっこういい時代じゃないの、みんながんばってるじゃないの、と、私は思っています。

楽観的で、ポジティブシンキングな作家なもので。
ごめんよう。




写真は、都庁と月。
900iで、上を見上げて根性で撮影。

夜の都庁といえば…
いつだったか、中庭で、無心に「太鼓の叩き語り」をしている人がいたな。
あれは、どうコメントしたらいいかわからないような、不思議な情景でした。


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chayka [HOMEPAGE]