日々の泡・あるいは魚の寝言

2003年09月07日(日) 図書館と音楽とさびれた町と

今日は、せっかく近くにいることですし、千葉市中央図書館にご挨拶にゆきました。駅から歩いて八分ほどの距離。静かな住宅地の中にそびえ立つ、アバンギャルドな感じの建物……と思っていると、ふいに、その前に、何かの看板が。
ファンシーな感じで、三匹のかわうその絵が描いてある看板で、「下水道 旅する水の お医者さん 千葉市」というコピーが書いてあります。かわうその絵の周りには、「千葉市下水道局」と。

なぜにかわうそ?
千葉市とかわうそ? …なんか関係あるのかな?
かわうそだよなあ、この動物?
しばらく悩んだあと、携帯のカメラで撮影したりして。

それはともかくとして、図書館です。
建物の中に足を一歩踏み入れると、いきなり高い吹き抜けの空間。
あふれる噴水。あたかも植物園のように見事に茂る植物の群れ。
生涯学習センターもかねた、それはそれは立派な建物でした。

子どもの本のコーナーは一階にあるようです。
紙芝居ができるコーナーや、読み聞かせのための空間の、お話の部屋もあるらしい。
木とアルミで構成された、広々とした安らぎの空間、という感じで。心地よくも豪華な空間です。
圧倒されたあと、本の検索用のコンピュータのところにいきました。
自分の本が入ってるのかどうか不安になって。
…いや、挨拶にきたものの、自分の本がなかったら、かっこわるいじゃないですか。
ひょっとしてここのオリジナル?な、かわいいグラフィックの検索用ソフトは、動作が遅かったですけど、私の本が全部ここにあることを教えてくれました。

で、緊張しながら、「児童書研究カウンター」へ。
シェーラの新刊をさしだして図書館の方にご挨拶しました。
歓迎していただいて、施設を案内していただいたのですが、「自動出納書庫」という名前だったかなあ? 司書さんが操るパソコンからの指示で、ロボットが書庫に本をしまい、書庫から本を出してくるシステムがすごかったです…。
実際に動くところを見せていただいたのですが、なんていうのか、ロボットがけなげで。
冊数は忘れましたが、とんでもない数の書庫内の本を管理できるのは、このシステムがあればこそ、ということだそうで。
そうそう、返却ポスト。あそこに入れられた本は、ベルトコンベアーで運ばれてゆくそうです…。
さすが三年前にできたばかりの最新式図書館!

でも、私が市川に住んでいたことがあると話すと、図書館の方は笑顔で、
「たしかにこちらは立派ですが、でも、市川の図書館には負けますよ。そもそもあちらは、文学の街ですから」

え? 「文学の街」だったんですか、市川は。
知らなかったよ、と思いつつ、なんだかうれしく、「これは私があの街に住むべきだという神様の暗示ね」と、内心うなずいてしまう私。

シェーラシリーズが大好きだという司書さんや、アカネヒメから読んでいます、と、頬染めてはなす初々しい新人の司書さんとの出会いもあり、楽しい時間を過ごしました。
私の本をとくに好きな司書さんがいらっしゃったのに、今日はたまたまお休みだったそうで、「その方によろしくお伝えください」と、伝言して図書館を出ました。
お会いできなくて残念でした。
しかし図書館のみなさま、いきなりやってきた作家の相手をしてくださって、ありがとうございました。
私の本を、千葉市の子どもたちが喜んで読んでくれているということがわかって、とてもうれしかったです。それから。
「村山先生の本は、『うちの子どもが読んでいた本ですが…』と、寄贈でいただくことが多いです」というお話を聞けたこと、とてもうれしかったです。
あとで何回も思い出して、幸せな思いになりました。
子どもたちや、保護者のみなさまに、よろしくお伝えください。
私の本を愛してくれた千葉市の子どもたち、ありがとう。
現役のファンの子たちも、ありがとう。

そのあと、近くのこじゃれたカフェに行って、一休みしたり、駅に帰って、千葉そごうをうろついたりしました。
上にある三省堂さんは、シェーラシリーズを全巻そろえていてくださいました。うれしかったですが、もうじき新刊でたら、平積みにしてくださいね〜v
あとは香水のワカバで、ブルガリの新作オムニアの香りをチェックしたり。
小さな猫の形のピアスを買ったりもしました。

そごうのそば……っていうか、あそこは駅の構内になってしまうのかしら、広場では、今日はお昼から、ジャズのコンサートがあっていました。
出演者はアマチュアの、市民サークルの方々らしいのですが、人も集まっていて、とてもいい雰囲気の空間になっていました。
千葉市の中心部では、街のあちこちで、歌う人や楽器を弾く人を見かけます。
ふとした場所で、オープンカフェができていたりもします。
大きいのに安らげる、きれいな場所だと思います。
音楽を聴きながら、いろんな人に連絡を取ったりしながら、私は、この街は好きだなあと思っていました。

でも、一歩、中心部を遠ざかると、寂しい景色がそこにあるのもこの街です。
駅前ターミナルから、バスに乗って、仮住まいの我がお部屋に帰る途中、ちょうど、ゴーストタウンのような商店街を通り抜ける形になるのですが、今日もまた暗い気分になりました。
八割から九割くらいの店に、シャッターが降りたままの商店街。
閉ざされたガラスの向こうに見える障子が、ぼろぼろに破れているビル。
二階の窓の外に置かれたサボテンひとはちだけが、生きている家。
方々に描かれたペンキの落書き。
かつて、機能していた時代があると思わせるだけ、悲惨なものを感じさせる景色です。
シャッターが開いている店があると思えば、夜のお店だったり。
バス通りにあるのは、激安、と看板にかかれたお店と、ラブホテル。
どうしてここは、こんな場所になってしまったのでしょう。

不思議なことに、廃墟のような商店街と並んで、そこには団地やアパートやマンションがあります。かつて、商店街が機能していた時代の名残なのかもしれませんが、ラブホテルと団地が並んでいる景色というのは、ビジュアル的になんとも気持ち悪いというか、寒々としたものがあります。

何でこの街は、こうなんだろう…。

かろうじて、私が住む番地のあたりは、廃墟のような商店街からは、若干の距離があり、生気があるのですが。
子どもたちの遊ぶ声が響き、お年寄りたちが楽しげに歩き、自転車でかっとばしている!場所なのですが。
でも、私は、たぶんもう、ここにくることはないだろうなあ…。

とも子さんから贈られた、「楽園の鳥」を手に、かわいい二枚のお皿も抱いて、私は一度、長崎に帰りましょう。
そうして、じわじわと、市川の地に、安住できる場所を探そうと思います。
今日は、市川市の地図を買ってきました。
十一日までの間、市川市のいろんな場所を、歩いてみようと思っています。
実際に歩いてみて、そうして好きな場所を選んでから、不動産やさんにあたってみようかな、と、いまは長期戦の構えに入っているのでした。

大丈夫。
千葉→長崎、長崎→千葉程度の距離なら、数回の行き来ができるほどには、時間もお金も、このさい使っちゃうのです。
慎重に、慎重に。
人を心配させないために、行動したいと思います。

…お友達のみなさん、弟くん、サイトの常連のみなさま、心配させちゃってごめんなさい。もう、大丈夫ですから。

<追伸>
相談しないのは、愚痴らないときは、まだ自分で何とかなると思っているからです。頼りにしていないとか、心を開いていないとか、そういうわけじゃありません。でもいつも、感謝しています。それだけは、わかっていてください〜。


 < 過去  INDEX  未来 >


chayka [HOMEPAGE]