日々の泡・あるいは魚の寝言

2003年03月06日(木) 児童文学を書くということ〜わたしの場合

☆切り番ゲッターのみなさんに、記念品の「アカネヒメ4」をお送りしました。
今週のうちには届くと思います。お楽しみに(^^)。

☆子ども向けホラー、のんびり続行中。江戸時代末期に死んだ幽霊少女と、現代の、人間になじめない霊能力少女の長い会話を書いているところ。設定について台詞の中で説明しながら書いているので、作者はちょっとかいててつまらないシーン。殺陣を書くのが何より好きな人間としては、今は雌伏のとき、って感じで。
ああ早く、クライマックスの派手な殺陣が書きたい…。

☆実は(とあえて書くほどのことでもないけど)わたしは、デビューしたころから、「いずれ一般書(おとなの本)に移る作家だ」「一般書の方にいくべきだ」と業界のみなさんからいわれ続けてきた童話作家だったりします。編集の人には、ほんとよくいわれたなあ。このごろではさすがにいわれなくなったけれども。
書ける枚数と、資質からそういわれてしまうらしい。
で、業界外の、普通の本好きの人からは、今も、「よそのジャンルにいけば」「ライトノベルスとかいいんじゃない」とかいわれたりする。

でもね。わたしにその気はないです。
そりゃもちろん、万が一、今のわたしの本を読んで、ちがうジャンルからの依頼があれば、ライトノベルスでも純文学でも挑戦しようと思うでしょうけれど。ありがたいから。

だけど、わたしは、児童文学というジャンルがとても好きだし、子どもの読者のために仕事をするのが、生き甲斐だから、できれば一生、子どもの本を書いていられたらなあ、と思います。
子どものときのわたしは、児童文学に支えられて生きてきました。冗談じゃなく、「ナルニア」や「ドリトル先生」がなかったら、「モモちゃん」や「宿題引き受け株式会社」がなかったら、さみしくて泣いていたと思う。
いま、わたしが書いたものを読んで、現実に喜んでくれている子、新刊が楽しみだ、といってくれている子どもたちがいる限り、わたしはずっと、児童文学を書いていきたいと思うのです。

たまに、児童文学が一般書よりレベルが落ちると思いこんでいる人がいます。
でもね。そんなことは決してないです。どっちのジャンルも、うまい作家はうまい。へたな作家はへた。いい本はいいけど、駄作もある。それだけのことで。
また、ライトノベルスがよく売れるから、児童書よりいいのでは、という考え方をする人もいるけれど、「売れた方が偉い」という理屈が成り立つなら、大部分の純文学作家(現存の)は、ライトノベルス作家よりも偉くない、ということになってしまう。それはおかしいのではないか、と。
神坂一と、笙野頼子を同時に愛するわたしだから、あえていいたいんですよ。本が売れるからといって、そのジャンルが偉い、作家が偉い、とはいえないんだよ、と。もちろん、売れるから偉くない、という意味ではないですよ、念のため。

自分がかつて、児童書を愛する子どもだったから、本好きの子どもたちが、どれほど本を大切にするものか、愛するものか、わたしにはわかります。
本を抱いて、部屋から部屋に移動したり、寝る時は枕元においたりする、夢で主人公たちといっしょに冒険する、それが児童書の読者なんです。
そういう読者のために、わたしはなんとかできる限りの、おもしろい本を書いていこうと思います。ほんと、「できるかぎり」のことでしかないんだけど…。

でも、がんばるのだ。


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