日々の泡・あるいは魚の寝言

2002年11月03日(日) 石になった人

長崎は、雨の日がつづいて、そのせいもあるのか、冬のような寒さです。
ので、今日は某スーパーに、スパッツやレッグウォーマー、お部屋用の分厚い靴下を買いに行きました。
冷え性で、なのに深夜机に向かうわたしには、その手が必需品なのです。死活問題。

で、ついでに地下の食料品売り場に降りて、昨日のチャットで話題になった(笑)、リンゴ焼きとイチジクのワイン煮とローストチキンの材料を買おうとしました…が、リンゴはゲットしたもののイチジクはなく、チキンは雨降りだったので、荷物になるから手羽身だけにしました(涙)。

レジに並んでいた時、前にいた親子がちょっといい感じでした。小学校高学年くらいの、「お母さんと買い物に着たのが楽しくてたまらない」って感じの眼鏡かけた男の子と、ちょっと忙しそうな、お化粧っけのない、でもさばさばした感じのお母さん。何話してるのかまでは聞かなかったけれど、いい雰囲気の親子だなあ、と思っていたら。
そのお母さんの番になったら、お母さん、顔から表情がなくなっちゃって。
つまりその、息子見てる時と、レジの若いお姉さんを見てる時で、表情が別人みたいに変わったんです、そのお母さん。
いままであふれていた笑顔はどこいった、という無表情。

レジの人は、にこやかに「いらっしゃいませ」とか一連のせりふを話すわけですが、その一言一言に対しても無表情。うなずきさえしない。目も合わせない。
っていうか、あごをくっと上に上げつづけて、いっそ傲慢な感じ。
傲慢なままで、表情が石のように固定されている。
わたしは心の中で、「あんたは死人か」と、つっこみ入れてました。

サービス業に従事する人とか、販売員の人に対して、傲慢に振る舞う人というのは、わたしはちょいと苦手です。
中年以上の男女に、たまにいますけどねえ。その手の人たち。
「お店」の人たちに、初対面なのに必要以上になれなれしい口をきいたり、見下した口調で話したり、信じられないような頼み事をする人々。
「お客さん」って、そんなに偉いものですか?

わたし自身は、どこでも「お店」にいけば、「お店の人」には敬語を使って話すのがすきだから、どうも、「お店の人を下に見て話せる人々」の心理が理解できない。ていうか、そもそもそれがお店でのやりとりにかぎらず、どんな場面においても、人の職業や年令によって、相手に対する態度を変える人々、というのがどうにもいやで…。
そういう人にかぎって、相手の職業が「いい仕事」だと、目に見えて態度を変えるからなあ。

わたしは作家になる前に、ほんのわずかな経験だけど、あちこちでアルバイトなどもしてきました。もうそのときは、キャリアもない、未来も海千山千の、田舎の小娘ですよ。そういう人間に対して、一部の大人たちがどんなふうな扱いをするのか、ごくわずかな経験ですが、してきました。
だからね。いま、夢が叶い、それなりに華やかな仕事をしていても、この先、客観的に見て「偉い人」になることがあったとしても、ずっとこのまま、他の職種の人や、若い人たちを見下すような態度だけはとりたくないもんだと思っています。
二十代の日々のことを、当時の思いを忘れないぞ、わたしは。

「お店」の人たちと、丁寧な言葉でやりとりするのは楽しいのにね…。
笑顔であいさつや、会釈をした方が、お互い気持ちがいいものなのに。

某スーパーのレジ係のお姉さんは、石の表情のお母さんにもたじろぐことなく(なれっこなんだろうなあ)、笑顔でてきぱき働いていました。
プロだなあ……。


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chayka [HOMEPAGE]