「日本児童文学」の今月号のレポートで、前にわたしが書いたレポートが引用されてましたね…。それもふたりもの方たちから。 それは、光栄なんですが…ありがたいことなんですが。 なんかどっちもその部分だけ見ると、わたしの性格悪そうに見える箇所なんで、「ありゃー」とかいって、頭を抱えちゃったり。 まあ一回書いたものは、筆者の手を放れちゃうんで、テキストがどこでどんなふうに使われようとも、仕方ないことなんですが。誤用されてるわけでもないし。
…たつみやさんのファンにはうらまれそうだ。 ああ、ごめんなさい。
でもほんと、たつみやさんにかぎらず、一部の作家さんの書く男性像には、どうしてもわたしはついていけないので、たぶんこれは、作家としての資質というよりも、男性の好みかな、という気もしています。 だから、お互い譲れないんでしょうね〜。
わたしはとにかく、人前で泣く男、というのがだめなんです。 現実でもお話の中でも、そういう男はあっちいってくれ、ってな感じで。 弱い男がダメ、っていうんじゃないの。弱くてもいいから、歯を食いしばって涙をこらえる男がいいんです。ていうか、それが男だろ、と思う。 泣いてもいい。でも、男は人前で泣いちゃダメなんです。 (例外はせいぜい、小中学生。ぎりぎり高校生、かな? おとなはダメ!)。
なぜか学生時代から、泣く男にはよくあうというか、電話口で泣かれちゃった経験が何度もあるんですが、あの〜そういうとき、わたしは励ましますが、かわいそうだから優しくもしますが、心の中では見る見るうちに、相手に対する評価が下がってるんですね。その人個人の性格に対する好悪の感情とは違う部分で。 「こいつは、男の人としては評価できないな〜」って感じで。 この辺の感情の動きは、自分じゃもうどうしようもないです。
映画を見て泣くとか、かわいそうな話を聞いて泣くとか、そういう涙はいいと思います。そういうことで涙ぐんだり、ほろっと涙をこぼす男性はいいなあ。 でも、自己憐憫の涙は、果てしなく嫌だ。
たぶんそれは、わたし自身が人前では泣かない女だからだろうとも思います。 よほどのことがなければ、自分のことでは泣きませんし。 なんていうのかな、人前で流す涙には、「なぐさめてほしい」「愛してほしい」「受け止めてほしい」という意識がでているような気がして。 一種の演出というか、駆け引きというか。 わたしはそういうのを、自分がするのも嫌だし、他人にされるのも嫌。 だから、そのかわり、「思いがけずこぼれてしまった涙」というのにははっとするし、その人をなんとかしてあげようとも思いますが…。 そういう人をこそ、いとしいと思いますが…。
でも大体、人前で泣く人は、それがくせになってることが多いと思う。 結果的には、泣き虫は嫌い、ということになっちゃうんだな。
おとなの男だったら、こらえた涙がふとこぼれたとき、その涙を隠して、目の前にいる誰かの前を立ちさってほしいと思います。元気になってから、「実はあのときはね」と笑顔で話してほしいと思います。 おとなの男は、自分より弱いもの(子どもや女性)の前で、泣いちゃダメなんです。−−と、わたしは思うのでありました。
…こういう考え方って、今はもはや、アナクロなものなんだろうか?
|