日々の泡・あるいは魚の寝言

2002年07月23日(火) 甘えっ子はキライ

昔っからなんだけど、「甘えさせてください」といわれることがあります。
友人知人その他から。
なんだろう? そういうキャラクターなんですか、わたしって。

で。

女の子ならまだ許そう。女の子の甘えは、時としてかわいい。歓迎します。
でも、男でそういうこという奴は、はっきりいって(以下略)。

冗談でもそういうこという男って、わたしは嫌いだなあ。
男としての矜持はないのか、と、真剣に悩んでしまう。
で、実際、わたしが好きになる人は、昔から、凛とした男性です。
甘えっ子は対象外。

そのかわり、わたしからも、人には甘えないからなあ。
わたしはもう本当にぎりぎり持ちこたえられなくなった時じゃなきゃ、他人にいろいろ話すことはないし、頼ることも、甘えることもないもの。で、そんなときも、必ず、自分を客観視してる。過度に甘えすぎないように、って。
(まあ、わたしから愚痴を聞いたことがある人は、まれな経験をした人だと…)。

だいたい、愚痴っていうのもきくのもキライだし。とくに自分が愚痴るのは。
話すそばから口元が、耳が言葉が腐ってゆくようで。

とにかく自分の一番みっともないところは、死んでも人には見せるまいと思ってる。とくに、大切な人にほど、情けないところは見せたくない。

一方で、人間は好きだし、知ってる人そうじゃない人問わず、人の世話を焼くのも好きなので、見えないところで誰かをバックアップしてあげたり、仕事が回るようにしてあげたりはするんですけどね。
でも、その本人から頼られて、力を貸すのはいやなのだ。あまのじゃく。

本人が意識しないで語っているときの愚痴を聞くのは、好き。
そんなときに励ましてあげるのは、好きだなあ。
だけど、励まされることを前提に愚痴られたら、鬱陶しい、と突っぱねちゃうな。
わたしは「白雪姫」のお后様の鏡じゃない。愚痴るひまがあったら、自分でのりこえるべく努力するか、何らかの手だてをすりゃいいじゃん、と思うのだ。
だってわたしはいつだって、ひとりでそうやってきてるもの。

わたしはいつだって、空を飛ぶ鳥のように自由でありたいので、もう地上に降りる足なんかいらないやと思っているくらいなので、誰からも束縛されたくないし、あてにもされたくないのです。愛情も友情も、鎖になるならいらないと思ってる。

ま、世の中には、わたしみたいな人間もいるということです。
孤独と愛とどちらが好きかときかれたら、わたしは孤独と答えると思う。
孤独のほうが、自由できれいだから。わたしは、自分が飛ぶ空がすき。

#ただいま夜中の一時四十八分。
今夜の香水は、ロリータレンピカ・オードトワレ。薄青いリンゴの形のガラスの容器に、ラインストーンがきらきらしててかわいい。甘いアニスの香りも、きらきらとライトです。
きらきらといえば…今週は、イチゴドロップみたいな色のマニキュアにしています。クリアピンクとラメ二種類に、クリアレッドと淡いオレンジを何度も塗り重ね。夕方、家にきた、母のお花のお弟子さんに、「わあ、きれい!」と叫んでもらえていい気分でした♪ 来週あたりは、白とパールとラメの塗り重ねで、雪みたいな感じの爪に仕上げようかと楽しみにしています。


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chayka [HOMEPAGE]