という歌が昔、あったんです(笑)。
今日、ふと思ったこと。 「熱帯魚みたいに、愛を下さい」というのは、だめですか? というのはわがままなのかな、ということ。
日本語的に正しくいうと、「熱帯魚に接する時みたいな接し方で、私には愛情を注いでください」になるかな? 私がほしいのは、そういう優しさなんです。 ああ、これは、男女年令問わず愛情友情思慕を問わずの話ね。 私を好きな人は、こうであってほしいという(勝手な)希望の話です。
犬や猫をかわいがる時みたいに、大事にして抱きしめて、いつも声をかけてやって、添い寝して、みたいなのは、私はだめらしい。 相手の思いに答えてあげなきゃと思って、疲れてしまうんです。 これだけ大事にしてもらってるから、思いに答えなきゃと思っちゃうし、でも答えきれなくて、相手を傷つけて、自分も傷つけてしまう。大体が器用じゃないから、そもそも何をどうすれば、人が喜ぶのかわからないし。
元気がないときに励まされると、「元気にならないと悪いな」とか思っちゃって、でもそれができないで疲れ切る。 思いに思いで答える、それだけのことをするエネルギーも時間も、私にはないんです。過剰な思いやりは、うれしければうれしいほど、私には毒になるから。
だから、熱帯魚みたいにみていてほしいなあ、と思う。 ガラス越しに、距離をとって、「ああ、今日も元気に泳いでるなあ」とか、「今日は元気ないかな? 大丈夫?」とか、軽く声をかけてほしい。 まあ、寄生虫にとりつかれてたりしたら、塩水浴をさせてください(笑)。 ガラス越しに世界をみていても、私は淋しくはないです。みんながみていてくれるなら。たまに声をかけてくれるなら。
ガラス水槽は、いつも外から来る空気をとりいれていて、濾過器は、電気で動いています。水槽は、部屋から隔絶された空間というわけではないんです。
水槽のガラスは、傾けただけで割れてしまうくらいにもろいし、割れたら中の水が流れてしまうし、魚は死んでしまうから、あまり中には踏み込まないでください。 お魚は、人とは違って、水の中の生き物なんですから。
でも、ガラスの向こうの人たちのことを、お魚はいつも愛しています。 感謝しています。 それは、本当のことです。
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