日々の泡・あるいは魚の寝言

2002年05月19日(日) 赤い薔薇の寓話

私は薔薇が好きです。
ある日、仲の良いお友達が、それを聞いて、「そうですか」といいました。

次の日の朝起きてドアを開けると、玄関のそばの地面の上に、赤い薔薇の花が、何本も何本も、しきつめてありました。その枝からは、みんなきれいにとげがとられていました。
お友達がそこにいて、優しい笑顔でいいました。
「ついでがあったので、薔薇を飾ってみました。とげはあなたの手が傷付くといけないので、みんなむしっておきました」
その人の手は、薔薇の刺で傷付いていました。

次の日の朝、起きると、また薔薇の花が、玄関の前にありました。
前の日よりももっとたくさん、赤い花がしきつめてあるのでした。
お友達が笑顔でそこにいて、いいました。
「今日もついでがあったので、薔薇を飾っておきました。嬉しいでしょう?」
その人の手は、薔薇の刺で赤く腫れ上がっていました。

次の日の朝も、次の日の朝も、薔薇の花は玄関の前にありました。
いえきがつくと、いつか、薔薇の花は、家のまわりすべてを埋め尽くすようなようすで、一面に敷き詰められているのでした。
赤い薔薇の海の中で、そうして、笑顔でお友達はいうのです。
「嬉しいでしょう?」
真っ赤に腫れた手を、隠すようにしながら。
「いえ、気にしないで下さい。私はこういうことが好きなだけなんですから」

私はつい、いってしまいました。
「薔薇の花はきれいで、とても嬉しいけれど、これでは私は、外にでてゆくことができません。薔薇の花を踏んでいくわけにはいかないじゃないですか?」

すると、お友達は、深いため息をついて、涙を流しました。
「この薔薇の花を毎日用意するために、私がどれほど苦労したのか、あなたにはわからないんですか? どれほど私が痛い思いをして、あなたのためにとげをとったか。あなたのために私は寝ないで、これだけの薔薇をしきつめたんですよ」
そうして、お友達は、薔薇の赤い海の中を去っていきました。

私は薔薇の赤い海に包まれた家の中で、やはり涙を流しました。
なぜなら、それが私のためならば、私はとげがない無数の赤い薔薇の花なんかいらなかったからです。
そのお友達の手が傷付かない方が、ずっと私は幸せだったからです。

私は薔薇が好きだから、とげがある薔薇でも愛せたし、一面の薔薇の花の海じゃなく、一本の薔薇でも本当に嬉しかったでしょう。贈ってくれるなら、美しく高価な赤い薔薇の花でなくても、道端の小さな野ばらでも、垣根にさいた終わりかけの薔薇でもよかったのです。
いえ、いっそ、何もいらなかったのかもしれません。
そのお友達が、幸せであれば。

遠い昔の、これはひとつの寓話です。



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