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異国の丘 - 2003年06月15日(日)

劇団四季の「異国の丘」という舞台を見に行きました。
娯楽色というよりも、社会派に近いミュージカル。
見に行きたくなったきっかけは、このミュージカルのチラシにあったコピーでした。

この国には、語り継がなければいけない歴史がある

舞台を見ながら、終始このコピーが頭を離れませんでした。
終幕が近づくにつれ、どんどんこのコピーの意味が重くのしかかる感じがします。
 
テーマは、第2次大戦開戦前のいわゆる「大東亜共栄圏」を築くために、日本が行った「侵略」と呼ばれる行為と、シベリア抑留についてです。
当時の総理大臣の息子と、中国の司法長官の娘の恋愛物語を軸に、戦場に行かなければならなかった人たちに焦点を当てたストーリーです。
史実を元にしていますが、一応フィクションです。
ミュージカルという性質上、登場人物の緻密な心理描写、というのも省かれている部分もあります。

それでも、あの時代があったことは本当で、シベリアで抑留されたまま、何人もの人がなくなったのも真実。
 
ミュージカル中ではなく、カーテンコールになったときに、その「事実」が一気に押し寄せてきた感じがしました。
何度も泣きそうになりました。
終幕が近づくにつれ、会場からはすすり泣きの声があちらこちらから聞こえてきました。

「歴史」の考え方はとても難しいと、ここ数年はつくづく思います。
「誰」もしくは「どの国」の立場にたつかによって、受け取り方が変わってきます。
それでも、全世界での歴史の考え方はいわゆる勝者からの考え方が主流になります。
 
「歴史」をどの視点からみるかを決めるのが「戦争」という行為であるなら
「戦争」は「歴史」の一部ではなく、「歴史」が「戦争」の一部ということになります。
世界のあらゆる方向は、この「戦争」が握っているんです。

今では、ほとんど忘れられているシベリア抑留時の捕虜の問題も、公に日本がロシア(旧ソ連)を責められないのは、「歴史」の中で日本が「悪」になっているから。
そして、何故「悪」になったかは、「第二次世界大戦に負けたから」となるのでしょう。

いえ、もちろん、侵略がいいというわけではありません。
ただ、「侵略」という行為を「国際法違反」(この場合人道的な問題は置いておいて)だと責めるのなら、その後の「捕虜の人権問題」が何故責められるべき問題にならないのか、何故被害を受けた日本がそれを問題視ではなく「タブー」視するのか
それが、不思議なわけです。




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