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エリート意識 - 2003年02月14日(金)

久しぶりの友人に会った。

「もう,だめやわ」
というメールが来たのが1月末。
何があったのかと気になりつつも,なかなか二人の予定があわずに結局今日になってしまった。

私がみる彼女はかなり不思議な人物だ。
容姿は抜群にキレイ。
自分でもある程度それを認識しているようだが,なぜか自分で「モテない」と思い込んでいる。

頭だっていい。
現在彼女は公務員をしているが,公務員の中の試験でも難しい部類に入る試験に,彼女は現役合格をした。

おそらく,大多数の人が羨ましがる「王道」を歩いている。

今日は,そんな彼女にほぼ半年以上ぶりに会った.
そして,会って驚いた。

「エリート意識が強くなっている」

もともと,彼女はエリート意識が強かった。
そりゃそうだろうと思う。
いくら「公僕」といったって公務員だ。
世間の評価は高い。信頼度も厚い。

それが間違ってるとは思わないけれど
全面的に正しいとも思わない私はその根拠がどこにあるのかをいつも不思議に思う。

でもまあ,世間一般的に「公務員」はエリート意識を強く持っていると聞く。
ましてや彼女の家は公務員一家だ.
彼も公務員。

彼女の中には「公務員が最高」という意識が常にあるのだろう。
話の端々で,それが感じられる。

それが,不快というわけではない.
職業なんて,結局本人に興味があるかないかでその人にとっての「重要度」は変わってくるのだろう。

公務員とはほとんど対極にあるような仕事をしている私には
公務員という仕事には全く魅力を感じない。
安定していて,高給だとしても.

もちろん,そんなこと彼女に言えるわけはないが.

彼女を見ていて面白いのは
「自分の理想」
に縛り付けられているようなところだ。

「こうあるべき」
という安定した未来のために,いろいろなものを決めていく。
「こうあるべき」の「こう」は,結局は自分の好きなもの,ということだろうが,
未来の「こう」のために今のやりたいことを我慢する。

まあ人それぞれの生き方がある。
どれが正しいのかは分からないけれど。

最近,自分が決めたことに縛り付けられている人をよく見かける。

自分が決めたことなのだから,臨機応変にいけばいいのに,と思うのだけれど
どうもそうはいかないらしい。

自分に甘い私は
「こうあるべき」と思ってもついつい現在の快楽に流されてしまう.
もしかすると,彼女からすれば「最も歩きたくない人生」を歩いているのかもしれない。(笑).

でもまあ仕方ない。
それが私なんだから,

結局彼女の「もうだめ」とは,彼女のとんでもない上司の話なのでした。









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