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負い目 - 2002年10月27日(日)

実家から帰って,録画しておいたドラマを見た。
田村正和主演のホーム・ドラマだ。

今日の回は飯島直子扮する母親が、熱を出した自分の子供をオブって病院へ連れて行くシーンがあった。
肺炎を起こしていたその子は何とか一命を取り留めたものの、母親の飯島直子は、ロビーでずっと子供のことを祈ってる。
飯島直子の父親である田村正和が彼女に、幼い頃、同じように母親に病院に連れてこられたのを覚えているかと問い掛けるシーンがあった。

もちろん、私にもある。
小児喘息を持っていた私は、これでも幼い頃は何度となく夜中に病院に連れて行ってもらった。
免許を持っていた母親は,自ら運転し、時には父親が運転する車の後部座席に、何重にも私を毛布で包んでしっかりと抱え込んでいた。

熱くて熱くてたまらなかったのを私は今でも覚えている。

病院に着くと、そこでは私はたいてい点滴を受けた。
時には、1日中受けているときもあった。
そんなときは、母親は私に分厚い漫画雑誌を買ってきてくれたものだった。
私は、それを繰り返し、繰り返し、何度も読んでいた。
今ではもうその雑誌は廃刊になってないけれど、その雑誌に掲載されていた漫画も,その雑誌の分厚さも、今でもよく覚えている。

この小児喘息は、小学校5年生くらいまではよく出ていた。
出るたびに、母親は毛布を出し、横になると苦しくて息ができない私のために、それを上半身の下にたたんでいれて、私が楽な姿勢になれるようにしてくれた。
そして、夜中ついてくれていたものだ.
時には、眠る私の隣で内職をしながら。

今考えると、私はやっぱりとても大切にされていたのだ。

もう今は年に数回しか、喘息は出ない。
それでも、私が熱を出したり、風邪を引くと、母親はかなり心配する。
「喘息」を持って生まれた、という負い目を、いつの間にか母親が持っているのだと気づいたのは、私がもうずいぶん大きくなった頃だった。

私自身はそれを負い目になんて感じたことはないけれど。
そのおかげで、大嫌いな体育のマラソンだって、免除されたんだから(笑)。

だから、そんなことで負い目を感じる必要なんて、ないんだよ。




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