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ふと思った - 2002年09月17日(火)

朝テレビをつけると、平壌空港に、小泉首相が着いたところでした。
「ああ、今日だったのか」
と、他人事のように私は思い出したのだけれど、おそらく、拉致されたと思われる人の身内には、この日をどれだけ永く待っていたことだろう。

家に帰って、ニュースを見て、大統領自身が拉致を認めたのには、驚いた。
あんなにすんなりと、拉致を認め、拉致された人の安否を伝えるとは思ってもみなかったから。

拉致されたと思われる人のうち、何人かは死亡していることも、伝えられた。

おそらく、日本の大半が、少なからずこれにショックを受けただろう。

拉致された「かもしれない」
から
「拉致されていた」
という真実を突きつけられ、しかもすでに「死亡者がいる」ことまで,わかった.

北朝鮮に対する不信は、日本人の中では確実に芽吹いた気がする。

「そんな国と、何故国交を正常化する必要があるのか」

そんな論調も、早くも聞かれた。

そこでふと、思ったことがある。

これから何年後か、例えば、拉致された人の孫くらいの代になって、日本は北朝鮮について「そんなこともあったよね」と、許せるのだろうか。

今の日本人が、韓国やアジア諸国に対して、自分たちがやってきた「侵略」に目をつぶって「遺憾の意」を表明して、すべてを終わらせようとするように。

北朝鮮が「遺憾の意」を表明して、すべてを終わらせようとすることに、
日本人は「是」とするだろうか?

ふと、そう思った.


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