淋しい「ステイタス」 - 2002年05月18日(土) 余生を過ごすための施設の見学に行ってきました。 つまり、老人ホームのようなものです。 存在自体は以前から知っていましたが、中を見学するのは今回初めてです。 「超」がつく豪華さでした。 全体をヨーロピアン調に作られたホーム。 健常者と、痴呆・要介護者の誰でも入れるホーム。 それでも、健常者と、痴呆者の部屋の差に、何とも言えない「差」を感じました。 痴呆者用の部屋は、介護ベッドと、たんすが置いてある。 それは、決して粗末ではないのだけれど、どこか「殺風景」な感じがするのは私だけだったのでしょうか。 たとえば、自分の親がそこに入ることになったとき。 どんな事情があっても、私は賛成できるだろうか。 自分が、介護できない状況にあることもあるのだろう。 それでも、私は「私」に責任を持ちたい。 それが奇麗事であったとしても。 親は、私の一部だと、そう思うから。 住みなれた町を離れ、家を離れ、「家族」とも離れる。 それを「ステイタス」と感じるのは、欧米独特の完成では今やなくなっているのかもしれない。 それでも、そんな「ステイタス」を「淋しい」と感じるのは、多分私だけじゃないのだと思う。 -
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